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LEAF〜麦わら帽子のホムンクルス〜
Story-03:溺愛

ユミィはレオンのおなかに手が届くくらいの背丈になっていた。

レオンはその財のほとんどをユミィのために費やし、溺愛した。
高いアクセサリーや服、なんでも買ってあげた。
まだ体のサイズに合っていない麦わら帽子が、どことなく滑稽で、よく似合っている。

「あのケミ、ホムにイカれてるぜ。」

旅先で、何度も後ろ指を指されたが、レオンは気にもとめなかった。
たしかに、人造生命体であるホムンクルスに溺愛するなど、バカげているかもしれない。
だが、ユミィはしっかりとレオンからの愛情を吸って成長している。
言葉を覚えるのも、感情を覚えるのも、そのへん人間の子供よりもずっと早い。

ユミィは、レオンのしゃべる言葉に、必ず耳を傾けた。
ユミィにとってレオンは、父親代わりであり、ただひとりの家族であった…。

「今日はどこにいくの?」

レオンはユミィを連れて、各地を旅行した。
言葉も教えたし、女の子としての常識、マナー、そのへんもしっかり教えた。
魔物の襲撃がありそうな地域を歩くときは、ユミィをコートの中に隠して歩いた。

ふたり、手をつないで街を歩き、また次の街へと旅立った。
まるで、恋を覚えたばかりの恋人のように…。



さすがに財が底を尽きかけたころ、レオンはプロンテラに戻ってきた。

この町の大通りを歩くのも、何年振りだろう。
ユミィが誕生するまでは、プロンテラに近づくことさえ拒んでいたのに。
連れて歩く相手が変われば、風景さえ変わって見える。

ゲフェンで借りていた部屋は引き払って、プロンテラの町外れ、
値段をつけるのがバカらしくなるような、ボロい部屋を一部屋借りた。

「しばらくはここを根城にしよう。」

ドスンと置いた荷物がホコリを巻き上げて、2人でむせかえる。

「ばっちぃねぇ。」

「なぁに、掃除すればきちんと住める部屋になるよ。」

買ってきたホウキと雑巾を使って、せっせと掃除。
寝室も風呂場も、まだまだ掃除すれば使える。

「もう少しここで働いてお金を貯めたら、大きな部屋を買って、そこで暮らそう。」」

「うん、がんばらないとね。」

プロンテラは商業の町だ。やる気しだいでいくらでもカネを稼げる。
なによりユミィがいる。ここで頑張らないと父親失格だ。

「おやすみ…。」

一日かけて部屋をきれいにした2人は、疲れ果てて布団もひかずに木地の床の上で寝た。
傍らに寝息を立てるユミィが暖かい。プロンテラはずれのオンボロ小屋。
涼しい風と、虫たちの奏でる音色が心地よかった。



レオンとユミィは貯金のため、何度か大規模な魔物討伐に参加した。

あるレベルの強さを持った者たちが協力して魔物を討伐し、
その戦利品をみんなで分け合う。いわゆる「臨時公平」パーティだ。
ユミィはもちろんお荷物。レオンのコートの内側にしがみついて、レオンの戦い方をじっと見ていた。

「あっはは、まるでカンガルーだな。」

笑う団長。だが、ユミィはおおよそ戦闘向きではない。
だがレオンが傷つくと、ユミィはポーションをいいタイミングで取り出し、レオンの傷を癒した。

「こいつがなかなかいい仕事するんですよ。」

コートの中から上半身だけ身を覘かせたユミィが団長ににこっと笑う。
狩りは順調にいった。一度の報奨金は大金ではないが、
継続的に狩りに参加することで、まとまったお金になる。

騎士時代に鍛えた技も功を奏して、レオンはパーティの重鎮になった。



ある日、メンバーの中にレオンと同じアルケミストがいた。

彼はゴダーニと名乗った。いかつい面に白ヒゲ、パイプタバコ。
「いかにも」って感じのタトゥーが、隆々とした肩に彫られていた。
連れているホムンクルスも、レオンと同じ「リーフ」タイプだった。

歳は、ユミィと同じくらいだろうか。言葉も話せず、名前もつけられていない。

髪の毛は動きやすいようばっさりと切られ、小さめのクロスボウを携行していた。
おだやかな顔つきのユミィとはちがい、するどい視線を放つ。

「あんた…そのホムンクルスを戦わせる気かい?」

おそるおそる新メンバーのアルケミストに尋ねる団長。
ゴダーニは、落ち着いた口調で返事をした。

「こいつは生まれたときから戦闘訓練をさせてるんだ。
 こうでもしないと俺のような商才のない錬金術師は仕事にありつけないんでね。」

リーフにクロスボウを持たせるとは。
レオンはユミィに、平手打ちの仕方ひとつ教えていない。
慣れた手つきでクロスボウの手入れをするリーフを見て、レオンは戦慄を覚えた。

「狩場は西オーク村だ。大丈夫かね?」

団長は、行き先をゴダーニに告げる。

「なにも問題ない。さっさと出発してくれ。」

ゴダーニの口調は自信満々といった感じだった。
団長も、その言葉に気圧されたのか、早急に話を打ち切り、出発の警笛を鳴らした。

「行き先は西オーク村!
 標的はこれからプロンテラ・ゲフェンの脅威となるであろうオークたちを叩く!」

パーティが進軍をはじめた。
オークというのは動物種族のモンスターで、腕力にかけてはピカ1の性能を持つ。
だがその見た目は…オスもメスも含めてブサイクだらけだが…。

クロスボウを抱えたリーフとユミィが、何度も目を合わせていた。

「あの子…こわい。」

ユミィがコートの中で少しふるえた。
同じ種族を見つけた物珍しさも手伝って、ユミィはメンバーのアルケミストとリーフだけを見つめていた。



現地につくころ、太陽が徐々に地平線の彼方へと吸い込まれていく…。
あやしげな虫たちのざわめきと、鳥の鳴き声だけが森の中に響き渡った…。

「敵襲だ!」

後列のメンバーが攻撃を受けたらしい。
だが…静かだ。火花も見えないし、音も聞こえない。

メンバーの数人はオークたちの初撃によって倒されてしまっていた。

なんと…オークロードだ!

まるで別のモンスターかと思えるほど大きな体躯に、丸太をへし折る腕力。
取り巻きのオーク兵士たちもほかのオークよりもずっと体が大きく、弓矢を携行している。

ガァン! 乾いた金属音と同時に火花が散る。

弓矢を携行していようが所詮はオーク。プロンテラ砦を守っていた元騎士の相手ではない。
レオンは襲い掛かる敵の攻撃を次々にかわし、敵本陣に切り込んでいった。

だが…その快進撃にピタリとついてくるように、ゴダーニの姿があった。

大振りのツーハンドアックス。そして背後を守るようにクロスボウのリーフがいた。

強い、強い。レオンは舌を巻いた。
ゴダーニのツーハンドアックスは一撃でオークを吹き飛ばし、
技術よりも圧倒的なパワーで突き進んでいる。
リーフのクロスボウの装填も早い。まぁ…ゴダーニの死角と打ちもらしを片付けるだけの役割だが。

しかし…戦い方が汚い。

ゴダーニはリーフが傷つくことを微塵も恐れていない。
まるで生きたバルカン砲のような扱いじゃないか。
敵から倒されては起こされ、起こされてはまた戦い…。

手から、足から、血だらけになってゆくリーフをレオンは見ていられなかった。
腹部を斬られ、おびただしい量の流血。
ユミィは血の気がひいたようにふっと意識が遠くなり…。

「げふっ…!」

ユミィがコートの中で吐いた。
シャツがじわっと吐瀉物で濡れてくる。だが戦闘中、かまっていられない。
レオンは慌ててコートのボタンをユミィの顔が見えなくなる所までとめ、完全に視界を遮った。

もうゴダーニのコンビを見ないようにしよう。

一瞬…! レオンは隙をうかがって敵の首領に肉薄した。
繰り出される剣が一閃! オークロードの左足の腱を斬った。

完全にバランスを失って地面に倒れるオークロード。
合わせるようにゴダーニのツーハンドアックスがオークロードの左胸に突き刺さる…!
致命の一撃だ。オークロードはがくりと力を失い、動かなくなった。
首領をやられたオークたちは、散り散りバラバラに逃げてゆく…。
これでは当分街など襲撃できないだろう…。

「ナイスファイト! これは国王から報奨金が出るぜ。」

ゴダーニは満足そうにレオンの肩を叩き、戦利品をかき集めていった。
だがレオンは…、とてもいい気がしない。
レオンは、ダメージを負ったまま手当てもされないクロスボウのリーフに手当てをはじめた…。

「おぉ、すまねぇな。」

「ホムンクルスは道具じゃない。生き物だぞ。」

レオンはゴダーニに一言だけ言い、コートの中のユミィを開放した。

「おわったの…?」

「あぁ…。もう大丈夫だよ。」

ユミィはまさに放心状態…。
狩に参戦したことは何度もあったが、
おなじホムンクルスの少女が戦うのを見るのははじめてだった。

「団長、はやく引き返しましょう。」

一行はプロンテラすぐ近くの平原まで移動し、補給作業を行った。



ゴダーニと他のメンバーたちは、川原のあたりにキャンプを張って大酒をくらって騒いでいる。
なんといってもBOSS狩りだ。出る賞金もこれまでの狩りとは額がちがう。
だがレオンはといえば…汚されたコートとシャツを川原で洗って、土手の上の小屋で涼んでいた。

「替えの服、シャツ1枚しかないや…。」

ユミィは洗ったシャツを川辺に干して、新しい服を持ってきてくれた。
とにかく家事に関しては仕事が早い。さすが非戦闘ホム。

「気分はよくなった?」

「うん…戦ってる最中、だんだん意識が遠くなって気分が悪くなって…ごめんね。」

ユミィの顔色がようやくふだんの血色に戻ったようだ。

「服はかまわないよ…。
 もうこれでしばらく戦いに参戦しなくても暮らしていけるだろう。」

「またハーブ刈りの暮らしに戻れる?」

「あぁ…。」

レオンはユミィをひざの上に乗せて、一緒にクッキーを食べた。
なぁに、外はまだ暖かい。シャツ1枚でもへっちゃらへっちゃら。

ふらり…。
さきほどのクロスボウのリーフが小屋にやってきた。

「…あ。」

ユミィがふたたびレオンにしがみつく。
警戒する相手じゃないだろうに…。

クロスボウのリーフは小屋の椅子に座ったまま、だまってこっちを見ていた。
まるでホムンクルスと人間が仲良くしているのを、不思議がるように…。

「クッキー食うか?」

レオンは袋からクッキーを取り出し、彼女に与えようとした。
おそるおそる彼女は…レオンに近づき、クッキーをもらい受けた。

「この子、おびえてる…。」

ユミィが警戒を解いて、彼女に歩み寄る。
やはりリーフはリーフ、装備を外して着替えて見れば、2人とも大して変わらない。
髪の毛バッサリはあまりにもひどい気がするが…。

戦闘中えらく猛々しく見えた彼女も、お菓子をほおばる姿はあどけなかった。

言葉など通じなかったが、僕とユミィと彼女は小屋の中でくつろぎ、なんとなく打ち解けた。



夜が明けた。

メンバーはとうに酔いつぶれ、川原で雑魚寝をしている。

リーフ2人は川原に出て水遊びをしる。
川のせせらぎに乗って口笛が流れる。さすが子供同士。
きっかけさえあればあっという間に友達になってしまう。

やがてメンバーも寝ぼけ眼で装備を整え、一行はプロンテラの正門を抜ける。
内地にて簡単な賞金の分配を行い、メンバーは解散した。
もう血なまぐさい賞金かせぎなど、当分しなくて済むだろう。

クロスボウのリーフは僕らと別れるとき一瞬さみしそうな顔をすると、
ゴダーニに連れられてどこかへ行ってしまった。

彼女とは、それからしばらく会わなかった。


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