[BACK]
LEAF〜麦わら帽子のホムンクルス〜
Story-08:消えないで

ユミィは住み込み先の酒場を出て、そのままモロク北門から外に出た。

体中に悪寒を感じる。
意識はボーッとしていて、目の前がかすんで見える。
全身に力が入らず、脚はまるでひきずるよう…。

半透明化した全身は、いよいよ末期になり、
体の末端から砂の霧のようなものがこぼれ落ちて、消えてゆく。

「あぁ、もうすぐ消えるんだな…。」

恐怖はなかった。
すべて運命だと、受け入れた。
あと、何時間の命だろうか。
それとも、あと数分だろうか。
でも、これでいい…。

幸せだった…。

レオンに、愛されて…。

十分な一生だった。

月明かりの下、ユミィあてもなく歩いた。
一歩一歩、残された時間を踏みしめて…。

モロクを出るとしばらく砂漠と荒野が続いた。
シャリシャリと、砂を踏む音が静かに響いた。
この砂漠に、歩いているのは、私ひとりだけ。

行き先などありはしない。
帰る場所も、もう私にはない。

残された時間、前に進むだけ。
どこでもいい…。
そして私は、この世界から消える…。

ユミィは気がつくと、モロク北の砂漠を越え、
鬱蒼と茂る森林地帯に辿り着いていた。
最後を迎える場所にはちょうどよいかもしれない。

ユミィは、ゆっくりと森林地帯の内部へと歩いていった。



移動魔法、ワープポータルの魔力でレオンとアリアは
砂漠の都市モロクへとワープした。
こういうとき、やはりプリーストの魔力は頼りになる。

町の中央に佇むモロク城には、数人の兵士が警備をしていた。
さっそくユミィの顔写真を見せて聞き込みをしてみるが…。

誰もが首を、横に振る。

この町も、ハズレだろうか。
時間も遅いし、来るタイミングが悪かったかもしれない。

モロクのメインストリートは、中央に位置するモロク城から南北に1本、
そして町をぐるっと囲うように道が走り、たくさんの商店が並んでいる。
町の端は、高い城壁が並び、モンスターの襲撃にそなえている。

首都プロンテラとは異なり、モロクはあまり夜間の人通りは少ないようだ。
レオンとアリアの2人は、たまに通る冒険家や、
数えられる程度の夜店に立ち寄り、ユミィの顔写真を見せる。

ガラの悪そうなローグのペアが、モロク城の堀のまわりに腰掛けている。
あまり近寄りたくない風貌だが仕方ない、ユミィのことを聞き込みすると…。

「似たような女の子を、このへんの酒場で見たぜ。」

「なに…。」

「名前、なんていったっけな…。そうそう、こんな感じだよ。
 くりっとした赤い瞳に、緑の髪。妖精みたいなイメージの女の子だ。
 最近体調不良で休んでるって聞いたぜ。」

「その店はどこに?」

「北西の、オアシスの近くだよ。
 でも、いま行っても店閉まってるぜ?」

「かまわない。店主を叩き起こして問答する。」

「急ぎましょう。」

レオンは2人組に情報量として黄ポーション5つを手渡し、
モロクの西側の城壁に沿って酒場を目指した。

ユミィだという保障はないが、体調不良で店を休んでいるという点が気にかかる。
それらしい酒場を見つけたので、裏手にまわり、階段を上る。

ドンドンドン!

入り口のドアを乱暴ぎみに叩く。
…留守だろうか、返事がない。

ドンドンドンドン!

ドアを叩く音が次第に大きくなる。
ああ、この中にユミィがいるような気がしてならない。

「レオン、落ち着いて。」

「あぁ…、すまない。」

ガチャリ…。

ゆっくりとドアが開くと、中から眼光の鋭い老人が姿を現す。
思わず、レオンは息をのむ…。

ドアは内鍵により硬く守られており、老人は護身用の猟銃を携えていた。
突然の夜間の訪問だ。このくらい警戒されても仕方がない。

「何の用だね。」

老人は低い声でレオンに話しかけた。

「夜遅くすいません…。人を探しているのですが…。」

そういって、レオンはユミィの顔写真を老人に見せる。

「この女は…!」

老人の顔が険しい表情になる。
彼はユミィのことを知っていた。

2週間ほど、この店に住み込んで働いていたようだ。
だが、突然変調を来したユミィは部屋に閉じこもり、
幽霊のような姿で現れたという。

老人は、家内が危険な目に遭ったため、
ユミィのことを猟銃で脅し、部屋から立ち去らせたと言った。
その後、彼女がどこに消えたかはわからないという…。

名前はたしかに「ユミィ」だったと答えたが、
彼女の泊まっていた部屋まで入れてはもらえなかった。
しかし、話の内容からして、レオンと一緒に暮らしていたユミィと見て間違いないだろう。

酒場を後にした2人は、ひとまずモロク城の下まで移動した。

いくつかの夜店で水筒と飲料を買い込み、のどの渇きを潤す。
モロクの夜は寒く、また風は乾いていた。

「…………。」

重い空気が立ち込めた。
せっかくユミィの居所をおさえたというのに、
ユミィが部屋を追い出された直後だとは…。

「この町の中に、いるのかしら?」

「わからない…とりあえず、警備兵をしらみつぶしに聞き込んでみよう。」

城下、そして外壁に4つある門を守る兵士たちに聞き込みをする。
すると、北門を守る2人の若い兵士が、ユミィのことを知っていた。
彼女はゴーストのような状態で、北門をくぐり、荒野に消えていったという…。

レオンとアリアは、モロク北門の城壁をくぐり、広大な砂漠地帯に出た。
一面をおおう砂漠、そして遠くに見える岩盤の山々。

こんな、砂漠を歩いてどこにいったんだ…。

モロク地域一帯を覆う砂漠は、とてつもなく広い。
素人が地図も持たずに歩いたなら、たちまち道に迷い、流砂に飲まれて
地中に棲む蟻のモンスター、アンドレたちの餌にされてしまう。

「ユミィーーーーーーーーーーー!!」

大きな声をあげて、彼女の名前を呼ぶ。
だが、声は届かない…。

「あれ…。」

アリアがなにかを見つけたのか、砂の地面を指差す。
そこには、ユミィと思わしき、子供のような足跡が続いていた。

「これは…!」

広大な砂漠に、まっすぐと足跡が続く。
風が弱いせいか、ほとんど足跡は消えずに残っていた。

「…行きましょう。」

「あぁ…。」

アリアは光の魔法、ルアーフを唱えると、
暗い砂漠は聖なる光で照らされた。



ユミィは、森の中、小さな泉のそばの木の根っこに腰掛けて、
そっと死を待った。
やるべきことはやった。あとは…消えるだけ。

ガサゴソと手荷物の中身をほじくって、
ひとつひとつ、取り出しては、落ち葉の敷き詰められた地面に置いた。
それらに触れるたびに、買ってもらったときの思い出や、
使っていた幸せな毎日が、ユミィの心の中に蘇った。

手鏡、髪飾り、アクセサリ…。
ハーブを入れていた布袋、ツギハギの財布。
稽古用のマインゴーシュ。

どれを見ても、レオンの顔が浮かんだ。
ぽろぽろと、涙がこぼれて、地面に落ちる。
だが…感傷にひたっていても、仕方がない。
前を向いて、消えよう。
ユミィは、涙をこらえ、じっと前を見つめた。

ガサリ…。

茂みの中で、何かが動いた。
とっさにユミィは、立ち上がり、稽古用のマインゴーシュを鞘から抜いた。

茂みの中から現れたのは、大きなクモのモンスター、アルゴスだった。
腹がすいてるようで、ユミィと眼が合うと同時に、じりじりと距離をつめてくる。
距離…5メートル…4メートル…。

ユミィはマインゴーシュを構えると、左足を引いて腰を落とした。
消えるのはともかく、食べられて死ぬのはイヤだな。

互いに視線を合わせ、一歩、距離をつめる。
次の瞬間、アルゴスは大きな足をバッと広げて
ユミィに襲い掛かった!

ドズリ…!

ユミィのマインゴーシュが一瞬早くアルゴスのふところに入り、
喉の下から脳天をえぐった。
アルゴスはやけくそに暴れてユミィを払いのけようとするが、
時すでに遅く、アルゴスはすぐに脱力し、
気持ちの悪い液体を撒き散らしながら地面に臥した。

「……。」

ユミィはマインゴーシュの刃をさっと拭くと鞘におさめ、
また木の根の上に腰掛けた。

複雑な、気持ちだった。
レオンから離れ、消えることを自ら選んだけれど…。
やはりユミィを助けたのは、レオンから教わった剣術だったからだ。



レオンたちは、モロクを北上し、山沿いに東に移動した。
砂漠と長い荒野を抜けると、そこはサベージたちの住む森の入り口。
足跡はここで消えていた。

ここをまっすぐ北東に抜けるとプロンテラ西の平原に出る。
だが、道を間違えてしまうとオークたちの住む危険な領域に入ってしまう。

ここを通ってプロンテラに帰ったのだろうか?
それとも、帰らずに山奥へ…?

レオンは、ふところからプラントボトルを取り出し、
植物の種子を地面に植えた。
すると、魔法をかけられた種子はすさまじ速さで成長し、
みるみるうちに花のモンスター、フローラが出現した。

バイオプラントというアルケミストのスキルだ。
フローラの他にも、フェアリーフ、ジオグラファー、
ヒドラ、マンドラゴラなどの植物モンスターを出現させ、操ることができる。

レオンはフローラにユミィの服のにおいを嗅がせ、その反応を見る。
フローラは根っこを足のように使って歩き、
その葉をてのひらのようにくねらせて、レオンたちを道案内した。

「これは…便利な技ね…。」

「ん? プラントが使えないとアルケミストとは呼べないぜ?」

とはいえ、あまり戦闘らしい戦闘に参加しなかったレオンは、
高位スキルであるフェアリーフとジオグラファーは使役できない。

のしのしと歩いて道案内をするフローラを興味津々に眺めるアリア。

しかし、バイオプラントで呼び出された植物モンスターは
ホムンクルスとは比べ物にならないほど寿命が短く、
数分の活動を終えるとすぐに枯れてしまう。

レオンはプラントを植えなおし、道を急いだ。 浅い勾配の山道を、アリアと共に駆けること2時間。
いよいよ森の緑が深くなってきた。草木の背が高くなり、視界を覆う。
川の源流が道と併走していて、常にサラサラという音が聞こえた。

フローラの反応が変わった。どうやらユミィが近くにいるらしい。

「交代交代でユミィの名前を呼ぼう。」

「…わかったわ。」

レオンとアリアは、おたがい数分間隔でユミィの名前を呼んだ。
腹のそこから声をあげ、何度も何度も繰り返した。
しかし、ユミィからの返事はなかった。

山の地形が複雑な上に、周囲の生き物たちの鳴き声が、
レオンたちの声をかき消してしまうからだ。

もっと山の奥を探すしかない。
レオンは3本目のフローラの種を植え、魔法をかけた。



ぽっかり欠けた月が、木々の隙間から覗いている。

ユミィは、木の根の上に座ったまま、じっと空を見ていた。
時折風が吹くと、高い木々が揺れ、コウモリなどが飛んでいた。

じっと死を待つというのは、なんという長い時間だろうか。

すぎてゆく時間が、永遠のように思えた。

深い森の中、誰の声も聞こえない。

あぁ…どうせ消えるなら、やっぱりレオンの胸の中で消えたかった…。

いよいよ足の先からも、ユミィの体がほつれ、

砂のように霧散していった。

きっとこれが、全身に広がっていくんだな…。
ユミィはいよいよ、覚悟を決め、目を閉じた…。

だが…。

なんと、遠くから、人の声が聞こえるではないか。
なんと言っているか聞き取れなかったが、かすかに人の声が聞こえた。

"…ユ・ミ・ィ!…"

声が大きくなるにつれ、声の主が自分の名前を呼んでいることが分かった。
この声は、忘れもしない。
大好きな、レオンの声だった。

「レオーン!」

声の主に向かって、ユミィは叫んだ。
唐突な出来事に、体が勝手に声を出した。
やはりユミィは、レオンのことを忘れてはいなかった。

ユミィの声が届いたのか、声の主の叫び声が大きくなった。
一歩一歩、声の主がこちらに近づいてくる。

私は消えてもいい。

けれど、最後にもう一度だけ、あの人に会いたい。

お互いの名前を呼び合い、お互いの声が聞こえる方向へとひたすら走った。
その時は、もう、レオンの事しか考えなかった。
ああ、近くにレオンがいる。

もう、すぐそこにいる。

あと、数歩、

数歩の距離を走れば、レオンに会える…!

バキバキと枯れ枝を踏みしだき、草をかきわけて段差をとびこえると、
木々の途切れたところに小さな泉があった。

ユミィとレオンは…そこで再会した。



「レオン…。」

ユミィは、大好きな人の名前を、とりあえず呼んだ。
だが…、その次の言葉は、出てこなかった…。

泉を隔てて1歩1歩、近づいてゆく。

「ユミィ…会いたかった…。」

そのときレオンの瞳に映ったユミィの姿は、消滅寸前の、まさに末期といえる姿だった。
レオンはユミィを生み出して以来、ユミィがこんな姿になるなどと、夢にも思わなかった。
それがいま、現実に…。

レオンは、ひどい姿のユミィを悲しげに見つめながら、ユミィの目の前に立った。
早く抱きしめてあげたかった。髪を撫でてあげたかった。
だが…レオンがユミィに触れようとすると、ユミィは一歩、後ろに引いた。

「さわらないで…。いまあなたが私に触れたら、あなたまで…。」

レオンはすっかり、そのことを忘れていた。
ユミィは今、この世とあの世の狭間をまたいで存在している、ゴーストのような存在だ。
今、レオンがユミィに触れれば、レオンもまた、命を落とす危険性がある。

「レオン!」

遅れ気味についてきたアリアが、2人と合流した。
ユミィはアリアの姿を見て、ちょっと怖い顔をしたが、
それほど取り乱しはしなかった。

「…はじめまして。ユミィちゃん。」

アリアから先に、ユミィに声をかけた。
ユミィはアリアに軽く目礼をすると、またレオンのほうを向いた。
触れることはできなくても、愛しい人の顔が見たかった。

お互いの顔を見つめ、しばらく時がすぎた。

ユミィをこんな目に遭わせたのは、僕自身の弱さだ。
レオンは、己の行いを、とにかく恥じた。
ただ一度の軽率な行いが、ときに人から幸せを根こそぎ奪ってしまう。
そんなことは、分かりきっていたはずだった…。

レオンは優しく微笑んで、ユミィに声をかけた。

「さぁ、うちに帰ろう。」

「嬉しいけど…それは…できないよ。」

ユミィの体はレオンの前で少しずつ崩れていった。
風でも吹いたら、そのままバラバラになって飛んでいってしまいそうだ。

「わたしは…このまま消えるんだ。そして…あなたは、幸せになれる。」

「そんな事は、この僕がさせない。」

「私、わかったんだ…ホムンクルスが、人間のあなたを愛してはいけないって。
 私があなたを愛したら、あなたはダメになってしまう。」

「そんな事はない、僕は、君がいてくれたおかげで、強くなれた。
 君を生み出してから、僕がいままで頑張ってこれたのは…。
 君という存在が、いてくれたから…。」

「でも…私がいないほうが、自由に歩いていけるでしょ?」

そういって、ユミィはアリアのほうを見た。
やはり、浮気のことを、怒っていたのか…。

「愛するっていうことは…とても複雑な感情さ。
 僕はいま、ユミィのことを愛しているけど…。
 そこにいるアリアや、いままで僕を支えてくれた人、
 それらすべての人たちがいて、今の僕がいる。
 僕は、過去に愛した人に対する気持ちを、今でも忘れずにいたいし、
 過去に愛した人たちを、いまでも大切にしたいと思う。
 愛するっていうことは、使い捨てることじゃあない。
 だから…今、君が危険な状態にあったら、僕は迷わず助けにくる。」

「……。」

幼いユミィの心でも、レオンの言葉の意味は分かった。
感情に振り回されがちな、ピュアで繊細なユミィに、ぴったりの言葉だった。

「わたしは…もうレオンに飽きられちゃったのかなって思ってた。
 あなたが私を必要としないなら、わたしは生きていても意味がないって…。
 だから…部屋にも帰れなかった…。」

「…でも、こうして、間に合った。」

レオンは意を決して、ユミィを抱き寄せた。
同時にすさまじい衝撃がレオンに走り、レオンの体が透明化する。
まばゆい光が、2人の体を包んだ。

「…レオン…。」

「僕は君を愛するため、君を創った。だから、消えちゃいけない…。」

レオンの生命エネルギーが互いの肌を伝って、ユミィへと流れてゆく。
同時にレオンの体から生気が抜けていき、皮膚は病人のようにカサカサになった。
瞳や髪から色素が抜けていき、レオンの美しい銀髪は、老人の白髪のようになった。

かすれていく意識の中、レオンはユミィの体にエネルギーが満ちてゆくことを、たしかに感じていた。

「アリア。君の魔法の力が尽きるまで、僕の体にヒールをかけて欲しい。」

「わかったわ…。」

アリアはヒールの魔法をかけ、レオンの体力を回復させる。
回復したレオンの体力は、すぐさまユミィの体へと流れてゆく。

ホムンクルスであるユミィの体は特殊で、生物でも魔物でもないため、
プリーストの魔法や、市販されているポーションなどでは体力を回復できない。
ユミィの体を元に戻せるのは、主人であるレオンだけなのだ。

レオンの体を媒体として、ユミィに生命エネルギーを送る作業が続く。

だが…長くは続かない。
回復魔法であるヒールはただでさえ大きな魔法力を消費する。
いかにハイプリーストの魔法力が強大とはいえ、それは底なしではない。

アリアのヒールは次第に遅れ気味となり、
5秒間隔、10秒間隔…と、間隔が開いてゆく。
レオンの体にどんどん負担がかかる。

レオンは決してユミィの体を、離しはしなかった。
ユミィと一緒に現世から消えるなら、それでもいいと思った。

ユミィは、レオンの手をにぎりながら、胸に顔をうずめ…。
レオンの愛情に対して、ただ嬉しくて泣いた。

アリアは、手持ちの青ポーションを使い、魔法力を回復させ、再びヒールの魔法をかける。
だがそれも尽き、いよいよ魔法力の自然回復を待っての魔法詠唱となった。
魔法の力は少しずつしか自然回復ができないため、それは微々たる量の回復となった。

レオンの体は、ミイラのように痩せていった。
もはや同一人物には見えないほどに。

「レオン…大丈夫?」

アリアが呼びかけても、レオンの返事はなかった。
だが…レオンの必死の救済処置が通じたのか、ユミィの体にみるみる生気がみなぎっていった。
ひびわれてた手のひらの傷はふさがり、半透明化した体は少しずつ元の輝きを取り戻していった。

「レオン、目を覚まして。わたし、たすかったよ…。」

ユミィは体をゆすって、レオンを起こそうとする。
だが、レオンはもう返事ができる状態ではなかった。

意識を失っている。
ユミィが両腕から力をぬくと、レオンの体はずるずると脱力し、
地面に倒れ込んでしまった。

「たいへんだ…。わたしの代わりにレオンが…。」

回復薬などは持っていない。
ここは森の中だし、人を呼ぶこともできない。

だが…そんな2人の危機に応えるかのように、泉のほとりに、青いハーブがぽつりと咲いていた。

「あれは…。」

アリアは泉の中に靴をはいたままジャブジャブと歩いていき、4本のハーブを摘んだ。
青いハーブはそのまま食用にしても、多少の魔法力なら回復できる。

「ハーブの生食はあまり好きじゃあないけど…。」

「待って。」

ユミィがアリアを止め、レオンの手荷物の中から乳鉢とセルーを取り出す。

「わたしが青ポーションをつくる!」

ユミィはアリアからハーブを手渡され、乳鉢でハーブを練った。
練ったハーブに、セルーと呼ばれる金色の結晶体をまぜ合わせると、
ドロドロのハーブは澄んだ青色の液体に変わる。

レオンほどの精製率ではないが、少量の青ポーションができた。
これなら、かなりの魔法力が回復できる。

「すごいわ…ユミィちゃん。」

アリアは魔法力を回復させると再び杖をとり、レオンに回復魔法をかけた。
予期せぬチームプレイだったが、うまくいった。
枯渇したレオンの体力は回復され、そして、夜が明けた…。



ぼんやりと、朝日が包む。

木々の切れ間から暖かい木漏れ日が注ぎ、視界を照らす。
傍らにはいつも感じているぬくもりがひとつ、寝息を立てている…。
しがみつくように、僕の胸におでこをうずめる彼女は、
目が覚めると同時に僕の上にまたがって、おはようのキスをする…。

「よかった…助かった…。」

開口一番、2人は満面の笑顔で抱擁した。
ユミィは、もとどおり瑞々しい肌で、半透明化した体は完全に回復していた。
しかし、それがうまくいったのも、アリアの魔法援護があったからに他ならない。

アリアは、ユミィの隣で疲れきって眠っていた。
ちょうど川の字のように、3人揃って木の葉の上で寝てしまったようだ。

レオンはユミィを起き上がらせ、泉のそばに行き、一緒に顔を洗った。

いくつかのキズが、ユミィの体には残っていたが、
これは自然回復できるだろう。
あとは、いままで通り、普通の生活をすればいい。

泉のそばでしばし語らい、また2人はアリアの隣で川の字になった。
そのまま太陽の位置が真上に来るまで、静かな時間をすごした。


[BACK] [NEXT]