LEAF〜麦わら帽子のホムンクルス〜
太陽の位置が真上になり、 さすがにまぶしくなってきたので、3人は身を起こし、下山の準備をした。 モロク北東の山岳地帯からプロンテラまで、そう遠くはない。 ユミィはレオンの背中に背負われて山を降りた。 体が元に戻ったとはいえ、いきなりユミィに運動をさせるわけにはいかない。 レオンも何度か道の途中で休憩を取り、のんびり3人でおしゃべりをした。 「しっかし、よくこんな所まで一人で歩いてこれたな。」 「あっはは、ミッドガルドの地図はほとんど覚えちゃったよ。」 「国内の地図だけでよかったよ。北のシュバルツバルド共和国まで逃げられたらお手上げだった。」 「私に本を買うときは要注意だね。」 「おまえがゆーな。」 ユミィはレオンの背中の上、けらけらと笑いながらはしゃいでいた。 アリアは、そんな2人の様子を見守りながら、 一歩、歩幅をずらしてついてゆく。 急勾配の山岳地帯を抜けると、オーク達の住む森。 そして、プロンテラ西の平野部に出る。 このあたりのモンスターはおだやかで、こちらから刺激さえ与えなければ、 ほとんど人を襲うことはないという。 帯刀しているとはいえ、3人とも疲れきっている。 ここはできるだけ魔物と戦いたくない。 見渡しの良い丘をひとつ越えると、すぐにプロンテラ西門が見えてくる。 石造りの高い塀をくぐってプロンテラ内部へ。 とりあえず我が家の食料庫はほとんどカラに近い状態だ。 レオンがユミィのために買い込んだ非常食は置いてあったが、 アリアになにかごちそうするにはお粗末すぎる。 3人は、南西部の商店街で新鮮なミルクやパン、加工肉や野菜などを買い込み、我が家へと向かった。 何日も留守にしていた玄関は落ち葉がいっぱいになっていて、 郵便受けはゴミ箱と化していた。 とりあえずユミィとレオンはアリアを外に待たせ、家の中に入った。 散らかっていたわけではないが、人を迎え入れるには少々恥ずかしい部分があった。 「レオン、なんでこんなにティッシュが一杯転がってるの!」 「え…いや、それは俺がお前を想ってだな。」 「くんくん。」 「嗅ぐな!」 ざっと目立つところだけ綺麗にして、アリアを部屋にまねく。 即席の野菜スープと、バゲット、そして漬け込み肉をソテーにして、 テーブルに並べる。 ユミィとアリアが一緒にキッチンに立つ姿が、 親子のようで微笑ましかった。 たいしたもてなしなどできなかったが、 夕暮れ時まで、団らんのひとときを過ごした。 レオンは、アリアに売り物の青ポーションと白ポーションを包んで渡し、噴水通りまで送っていった。 だが、このとき一番名残惜しそうにしていたのはレオンでもアリアでもなく、ユミィだった。 生まれたときから当たり前のように2人で暮らしていたけれど、 本当はユミィにも、お母さんと呼べる存在が欲しかったのかもしれない。 「また、遊びに来てくれるよね?」 「うん。ユミィちゃんも元気でね。」 「また、魔物討伐に行くのか。」 「そうだよ。本当は今日から出発する予定だったけど、 一日伸ばしてもらったの。早く帰らないとリーダーに怒られちゃう。」 「…達者でな。本当に助かった。」 「レオンも、もう浮気しちゃダメよ。」 笑ってアリアはプロンテラの雑踏に溶けていった。 とてもこれから戦いに赴く人間の姿とは思えない。 あのくらい太い神経をしていないと、プリーストは務まらないってことか。 部屋に戻ると、2人はいつものように、一緒にお風呂に入った。 ユミィは、一人の旅路を喜々としてレオンに語った。 しばらく露店を休んで、レオンはユミィを旅行に連れていった。 幻想の島、コモド。 モロクからさらに南西、ファロス灯台のさらに西、 3つの洞窟によって外地から遮蔽されており、 古き文明がいまでも残る、由緒ある街だ。 ワープポータルによる交通手段があるため、 ここには観光目的の若い旅行者がたくさんいる。 カジノやバー、ホテルも発達しており、 お金に多少余裕があれば、 ここでリッチなバカンスを楽しむのもいいだろう。 ユミィが幼い頃、何度かここに連れてきたことがあったが、 2人が正式に恋人になってからこの地を踏むのは初めてのことだ。 「うわぁ、なつかしいなぁ。」 ユミィがさっそく裸足になって、ジャバジャバと海に入っていった。 「こらー、あんま深い所行くなよ!」 「わかってるー!」 子供の頃、何度ここで溺れかけられたことか。 昼過ぎから夕方にかけ、海で戯れた2人は、 波打ち際のテーブルに場所を移して食事をとった。 夜のコモドは深い紫のライトで照らされ、時折花火が上がる。 ビーチの砂と水が幻想的な色に染まり、美しい。 原住民によるダンスショーや音楽が聴け、 海産物を主とした料理が卓に並ぶ。 レオンは、この日初めてユミィにお酒というものを飲ませた。 なるべく口当たりの良いカクテルや、スパークリングワイン、 飲みやすそうな物を注文するが…。 「ダメだー。レオン、これすごい味がするよ!」 「ははは、酒ってのはみんな、最初はそうなるんだよ。」 「レオンの○×△□よりは抵抗ないけど。」 「デカい声で言うなバカ。」 ふだん食べられない料理がたくさん卓に並ぶので、 ユミィは酒よりそっちに夢中になった。 軽くアルコールがまわったせいか、ユミィはいつもよりハイテンションになって、 レオンの席の隣にイスをくっつけて、べたべたしてきた。 どうせ周囲にいるのはカップルばかりだ。気にすることはない。 半分に折ったグリッシーニをお互いの口と口でパス。 「ぶっ…。」 「鼻に入ったよ今。」 食事が終わり、何をするでもなくそのまま砂の上で語らった。 平穏で…尊い時間だった。 ショーの時間が終わると波打ち際を照らすライトや花火が止み、 ビーチはわずかな松明の灯とテントから漏れる光で照らされる。 レオンとユミィはカジノや土産物のショップを軽く見て回り、ホテルへと戻った。 整備されたホテル。ユミィは部屋に入るとすぐにベッドに飛び込み、あっという間に寝てしまった。 そうとう遊び疲れていたようだ。 レオンはユミィの肢体を残念そうに見つめると、 ユミィの隣に寝転んで、軽くユミィを抱き寄せて眠った。 翌日、昼過ぎまでベッドの上で、2人は裸になって戯れた。 愛し合っては果て、眠り、また起きては愛し合った。 夜遅くなったころ、ようやくシャワーを浴びた2人だったが、 その時はすでにカジノで遊んだりショーを楽しむような気力は残っていなかった。 ホテルから出てすぐのログテラスに2人は座り、 昨日と同じ花火をじっくり眺めた。 2日間…充実した旅行ができた。 「ほら…身に着けてごらん。」 レオンは、やっとの思いで買った賢者の石を、 首飾りにしてユミィにプレゼントした。 赤く、ルビーに似た力強い光を放つ、魔法の宝石だ。 ホムンクルスの最終進化には、この石の放つ特殊な磁力が必要となる。 「ちょっと重たいね。」 「はは…寝るときとフロの時以外は、なるべくそいつを身につけているんだぞ。」 「エッチのときは?」 「それは…好きにしてくれ。」 「何ヶ月くらいで大人の体になれるかな?」 「早くて半年、遅くても一年くらいだ。」 「レオンより大きくなっちゃったらどうしよう?」 「そうなる前に、石を没収する。」 「えーひどい。」 ユミィはけらけら笑いながら、鏡の前に立ち、賢者の石と他のアクセサリを合わせている。 小柄な体に大きすぎる首飾りがアンバランスでおもしろかった。 それから、数日、数週間。 ずっと止まっていたユミィの身長が、おもしろい具合に伸びていった。 ふたたび柱にキズをつけ、成長を確かめる。 服も、2回くらい取り換えた。 肩幅も腰まわりも、脚の長さも、目で見てわかるほどの違いがあった。 街中でちょっと離れて見ると、他人と見間違えてしまいそうだった。 おかげで少し、レオンの生活はドタバタしたが、 よく食べ大きくなっていくユミィのために、レオンは一生懸命働いた。 しかし…前のように2人別行動をしてまでポーション作りにはげむのも、 一緒にいられる時間が少なくなってしまう。 レオンは、薬を作るときやハーブを摘むとき、なるべくユミィと一緒に行動した。 効率ばかりを求めても、商売うまくいくというわけではない。 心の幸せがなにより大事だ。 レオンは、ユミィの家出以来、家庭というものを大事にするよう心がけた。 少しずつ…少しずつ。 2人3脚の生活は、マイペースで時を刻む。 賢者の石は、そんな二人の日常を…そっと見守る。 実は、ずっと前から2人の間で決めていたことがある。 名前だけで苗字のないユミィに、正式にレオンと同じ姓を与えるということだ。 早い話が結婚して夫婦になる。ユミィがとくにこの事を熱望した。 レオン・アルバート。 ユミィ・アルバート。 語呂も、決して悪くないはずだ。 この申請が通れば、2人は晴れて、夫婦になる。 類を見ない、異種族同士の結婚申請に、 プロンテラを治めるプロンテラ国王トリスタンV世は悩んだ。 申請はなかなか通らず、いつもと変わらぬ毎日が過ぎていった。 ユミィの背丈がレオンの少し下になるまで、ユミィとレオンは待ち焦がれた。 レオンとユミィが一緒に暮らし始めてもうすぐ6年、季節は、再び春を迎える。 ようやく2人の元に、一通の書状が届いた。 送り主は、君主、トリスタンV世からである。 "ホムンクルスと人間の結婚を、法において認めることはいますぐにはできない。 国民からの意見もある。 だが、長年、騎士として我がプロンテラを守ってくれた君からの願いだ。 特例として君たちの結婚を認めよう。 君のパートナーには、人間と同じ、プロンテラ国民としての権利を与える。 いつでもプロンテラ大聖堂に来るがいい。" 報せを受けて、2人は狂喜乱舞した。 これまで送った2人の軌跡は、決してムダではなかったのだと…。 そして、更に、数ヶ月が過ぎた。 白日の下、プロンテラ大聖堂に高らかな鐘が鳴る。 タキシードを着たレオンの隣には、美しいドレスをまとったユミィの姿があった。 ユミィは、レオンの頭ひとつ分下くらいの背丈になっていた。 長身のレオンと比べても、決して見劣りしない、 モデルのようなスラリとした体型だ。 2人は、手をつなぎ、意気揚々とヴァージンロードを渡る。 式場には、アリア、そして、騎士時代の古参の仲間がズラリと並んでいた。 2人は、愛を誓い、皆から祝福される。 ユミィは、この日、初めて、大勢の人たちの優しさに触れ、そのありがたみを知った。 そして初めて、大勢の人たちの前で、歓喜の涙を流した。 これほど感情を持ち、心を持ったユミィを見て、 誰もがユミィに、国民としての権利を授かることに反対しなかった。 そして誰もが、レオンとユミィの間柄に対し、疑いの念を抱く者はいなかった。 2人は、ひとつになる── そして、さらに、半年が過ぎた。 レオンとユミィは、住まいを噴水通り向かいの角地に移し、そこで商売を始めた。 扱う商品は変わらない。だが、ここなら多くの人達が、 レオンたちの作ったポーションを買ってくれる。 レオンの新しい人生、その、第一の夢はかなった。 ユミィは生涯、レオンからの愛情を断たれることはなかった。 誰もが、愛情をなくして生きてはいけない。 そして、愛情なしに強くはなれない。 愛とはすなわち、人間の持つ命の輝きそのものである。 ルーンミッドガルド王国、首都プロンテラ。 ここには、人間、ホムンクルスの夫婦が営む、薬屋がある。 心の傷ついた人は、立ち寄ってみるとよいだろう。
-FIN-
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