「ほら、また右側が少し長くなってる」 そういってサツキ姉ちゃんはテーブルから半身を乗り出して僕の制服のリボンを直した。 リボンというとなんだか女子生徒の身に着けるものというイメージがあるが、 この学校では男子・女子ともにデザインの異なる赤いリボンを身につけている。 「自分でできるよ、このくらい。」 「これでよし♪ 今日から新入生ね。」 「うん。」 朝食はスクランブルエッグとよく焼いたベーコン、 そして独特の香ばしさの漂うライ麦のパンのトースト。 焦げ目がまだつきはじめたころに卓に供するのが、サツキ姉ちゃんのこだわりらしい。 「持ち物は大丈夫かしら。初日から忘れ物なんてみっともないわ。」 「だいじょうぶだよぉ。」 まるで母親のように僕の身だしなみをチェックする。 姉ちゃんは教師になってから、急に大人びてしまった。 魔法の学び舎、マジックアカデミー。 一人前の"賢者"になることを目指して、僕は今日からこの学校に通う。 そのために、両親の元を離れてアカデミーで教師をしている姉の元に、 一週間前から僕は居候している。 家は広いのであまり不自由こそないが、 やはり両親と一緒に暮らしていた実家に比べ、夜のプライバシーが確保されていない。 夜更かしをしてマンガでも読んでいようものなら、すぐにお姉ちゃんがしかりにくる。 姉のサツキもまだ新米教師。 たおやかな口調こそ変わらないものの、 学問に関することを語るとき、彼女の表情はとても真剣になる。 姉ちゃんもまだアカデミーの教師に就任して1年とすこし。 だが元々魔法に対して天才肌であったこと、そして生徒としてこの学校に就学していたとき、 すでに賢者の称号を得ていたことから学校側から厚遇を受けている。 「ユウ、私はもう学校に行かないといけないから、 それを食べ終わったら、お皿洗って棚にしまっておいてね。」 「うん、わかった。」 そう言ってサツキ姉ちゃんは重そうな皮のバッグを持ち上げて部屋を出た。 食べ終わった皿とティーカップは、浮遊の魔法によっていつのまにか綺麗に重ねられていた。 「ちぇっ、また見せ付けるんだから。」 実家にいたときもちょくちょく見せてはくれたが、姉の魔法はとても優雅だ。 決して力まず、静かに無駄のない詠唱を紡ぎ、シャレた演技を披露してくれる。 そして、決して魔法に頼り過ぎない。 彼女は、魔法でできることと、自分の手でできること、それらをうまく使い分けている。 その飾り気の無さから、彼女を慕おうとする魔法使いは少なくない。 でも、早く僕もこの姉を見習って自分も魔法を習得しないと。 食器を片し終わった僕は、じぶんの背丈より少し低い全身ミラーで再度身だしなみを整え、 元気に家を飛び出す。アカデミーまでの道のりは、桜並木の立ち並ぶ1本道。 付近に住宅街があることから、この道を辿って学校へ通う生徒は多い。 ユウが家を出たのはかなり余裕を持った時間だったが、 それでもすでに何人かの生徒が数メートル先を歩いていた。 「この並木道のサクラ、いつ見ても綺麗だよね!」 後ろからの大きな声に反応して、僕はあわてて振り返った。 声を発したのは、背の高い母親に連れられた、赤い髪の女の子だった。 特徴的な赤いリボンに腰まであるツインテール、背丈はユウよりも小さい。 あまりにも元気な声だったため、僕は自分が話しかけられたのかと思ったが、 彼女は母親と仲良さげに話していた。 年下の子かな? でも飛び級のユウがおそらく最年少のはずだから、 彼女はきっと自分と同い年だろう。 女子生徒のリボンは男子生徒のそれに比べ、幅が広く大きい。 制服の色は男女ともに同じ黒地の布で、 白のボタンとラインが所々のアクセントになっている。 いけないいけない、名前も知らない女子生徒の姿をじろじろ眺めてしまった。 気まずくなったのか、僕は少し早足ぎみにアカデミーの学舎へ向かった。 春の日差しがカッと地面を照らし、草花の香りが新鮮だった。 |
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