アカデミーに通いはじめて一週間。 だいたい教師陣とはほとんど面会した。 クラスのみんなとも打ち解けてきた。 それと、アロエちゃん、ラスク君の2人とよく遊ぶようになった。 家が近いという理由もあるけど、最大の共通点は、やはり歳の近さ。 気になる話題も困った話題も、なにかと共感できる。 僕たちの授業につく教師陣はだいたい7人。 初日に授業を教えてくれた4人のほかに、3人の教師が代わり代わり教室に来る。 音楽担当のフランシス先生。 見た目は一番魔法使いというイメージから遠い。 長い髪に常に胸元を露出させたローブをまとう。 美しいものを好むため一見オカマやナルシストと思われがちだが、 本人は意外とがっしりした体格をしており、 ひらひらした服装とは裏腹に、行動や話し方は誰がどう見てもごく普通の"男性"である。 駄ジャレが有名らしい…が、いまのところそれらしいフレーズは聞かされていない。 家庭科担当のリディア先生。 見た目は普通のお姉さんだがエルフ族の先生で、 実年齢は教師陣の中では群を抜いて若い。 エルフは人間と比べて成長が早く、また老化も遅いという。 魔法を扱えるようになった年齢も、3歳と聞いてびっくりした。 美術担当のマロン先生。 アカデミーからの推薦で教師に抜擢されたらしいが、非常に謎が多い。 「永遠の17歳」と初回の授業で言い張っていたが、 一部のうわさでは相当な年齢に達しているらしい。 見た目は普通の魔法少女なのだが…。 姉のサツキとは担任教師になってもらえなかった上、 担当する授業もないため校舎内ではほとんど会わない。 自習のときにたまに教室に現れるが、学びの場において特別交わすような会話もなく。 ほとんど僕が姉ちゃんと話すのは、家に帰ってからだ。 あと、保健室のミランダ先生。 非常に優しく生徒受けのよい先生だが、 彼女の場合、容姿と露出の高さだけでもそこらじゅうの男の視線を集めてしまう。 とりあえず、胸元をハート型に切り抜いた服装は目のやり場に困る。 校長のヴァル・ヴァ・ヴァルアドス先生は、まだ面会してない。 一言で言うと「閻魔大王」らしい。 早いことお目にかかりたいんだけれど、この校長はアカデミーの中心部に常駐しているため、 ふだんの授業やホームルームなどで姿を現すことはほとんどないみたいだ。 そんなこんなで教師陣は個性派揃い。 とりあえず誰の授業もおもしろい。 個人的にはサツキ姉ちゃんの授業を早く受けたいけど、 本格的な魔術を学ぶのはまだこれから。 いまは基礎学問を教えてくれる7人の先生だけでも十分だ。 今日の最後の授業は珍しく姉のサツキ先生によるものだった。 担任教師のアメリア先生が体調不良だったらしく、朝のホームルームもサツキ姉ちゃんだった。 先日の夜、姉ちゃんはアメリア先生と簡単な引継ぎをして、授業を代行した。 泰然と教壇に立ち、授業を開始する。 僕ならこの時点で緊張してしまいそうだ。 「よーく見ると、ちょっと似てるね。」 「え? なに?」 隣のアロエちゃんが不意に話しかける。 「目とか。」 「ああ、僕と姉ちゃんが?」 「うん。」 「似てるかな…?」 「あと優しそうなところとか。」 「そうかなぁ。」 「うん。」 ひそひそ声で話していると、姉がジロリとユウを見つめた。 そうだそうだ、今は授業中だ。姉が相手でも、リラックスしすぎちゃいけない。 姉の授業はとにかく聞き取りやすい声で、スラスラと頭に入った。 姉は学問に関してはなんでもできる万能タイプのため、 だいたいどの先生の授業も代行できるみたいだ。 昨日の今日で急に教壇に立ったのに、アメリア先生の授業より分かりやすかった。 バカみたいに明るいノリだけは真似してくれなかったが。 そんなこんなで、今日も1日があっという間に過ぎた。 午後のホームルームが終わり。 生徒達は学園から解放される。 まだまだみんな遊び足りない。 どんなに授業がおもしろおかしくても、 やはり下校時のみんなの表情は、学園内より明るかった。 「いよっ、今日、ヒマかい?」 ラスク君が颯爽とユウの席の前に現れる。 なんでも行動が早いのか、ホームルームが終わるとき、 彼のデスクは綺麗に片付いており、帰る気満々だ。 よく言えば、行動力があって頼もしいのだが。 僕らは3人で、下校後身近な遊び場で遊んだ。 校舎を出ればそこは大自然。 目に映るものすべてが興味深く思えた。 住宅街と学園を繋ぐ桜並木の反対方向には、ほとんど人工物と呼べるものが存在しない。 それゆえ、一歩森林部に足を踏み入れれば、そこは危険とも言えた。 野生の生物も徘徊してるし、いわゆる魔物たちのテリトリーでもある。 まだ魔術に長けていない僕らは、そこに足を踏み入れることを許されていない。 だから、僕らが遊ぶ場所は、もっぱら居住区域と大自然の境目だった。 ここは魔物たちは近寄らない領域だし、万一魔物に出くわしても、 学園と居住区をすっぽりと覆うフォース・フィールドの内側に逃げてしまえば 魔物と呼ばれる生き物は一歩たりとも近寄ることができない。 このスリルもまたおもしろおかしくって、僕らは学園裏の湖や山林、平地などで 自分達の作った遊び方でそれぞれ楽しく過ごした。 今日、僕らは桜並木を直進した突き当たりにある、 とある神社をターゲットとした。 神社の敷地は小さな山であり、その山頂に神社があった。 ここから見る景色は絶景で、地元民でない僕は、その眺めをはじめて見たとき感動を覚えた。 夜は夜景の見れるスポットだが、いまのところ夜間はこの場所を訪れていない。 山の麓から山頂の神社へは石段がぎっしりと結ばれており、 山頂まで一気に歩くには覚悟を要した。 体力に自信のある男性でもここを一気に上りきるのは重労働だ。 石段はいくつかの区画に分けられており、踊り場は広く、 普段は休憩所や喫茶のできるスペースが開かれている。 「うんしょ、うんしょ。」 額に汗しながら石段を進む。 途中に広がる茶店や休憩所には興味はない。 僕らは早く、神社の高台に広がる絶景が見たいのだ。 「だいじょうぶ?」 「うん、大丈夫だよぉ。」 アロエちゃんも軽い身のこなしで、サクサクと石段を登る。 ペースはみなどっこいどっこいだ。 競争したら、誰が勝つかわからないだろう。 「見えてきたー!」 石段に終わりが見えてきた。山を覆う森林部が途切れ、まぶしい日差しが刺す。 山の向こうから吹く風が、草原のような香りを運んでくる。 「うひょぅ、いつ見ても絶景だねぇ。」 山頂の神社の境内は広い。僕はここに来るのが2度目だが、 まだ全体の地図を把握できないでいる。 複雑な地形に一本道でない通路が記憶を困難にしているからだ。 アカデミーや僕らの住む居住区を見下ろすことができる崖は、神社の北西に位置する。 まるでパノラマ画像のように、麓の景色を楽しむことができるのだ。 「ねぇねぇ、こっち来てよ。」 「なんだい?」 アロエちゃんが神社の本堂に向かって走り始めた。 本堂は山頂の中でも一番高い位置にあるから、どこに居ても本堂の位置だけは確認できる。 だがアロエちゃんの案内する方向は、本堂ではなかった。 「こんな所に行って何をするんだい?」 「いいからいいから。」 アロエちゃんは境内のはずれ、管理人も立ち寄らないような茂みの奥へ、僕らを案内した。 よくよく見ると、そこには古くからあったような、細道がある。 「下り階段…?」 「うん。」 「どこに繋がっているんだい?」 「秘密の場所。」 僕らはアロエちゃんに連れられて、秘密の階段を下っていった。 石段は雑草が生えまくっていて、もはや階段と認識するには難しい。 「この道を下って帰ることもできるんだよ。」 「詳しいなぁ。」 「地元民だからね。」 「へぇ。」 両サイドはしっかりと掴るところがあるので、前だけ見て歩けば転落の恐れはないが…。 階段の角度はけっこう急で、よく見て歩かないと踏み外しそうだ。 階段の途中に、木造のドアがあり、アロエちゃんはそこに向かっていった。 ドアは壊れていて、山の内部に自由に出入りができるようだ。 「ここー。」 「うおお。」 鉄道用のトンネルのようだ。 山を横断して列車が走れるようになっている。 「すごいなぁ。でもこんな所に列車が走っていたっけ?」 「廃線だよ。おじいちゃんぐらいの代に、この山を横断して西に向かう鉄道が走る予定があったの。」 「今は走ってないんだね。」 「そう。」 「あ、足元気をつけて歩いてね。」 廃線のトンネルは、ところどころに穴が開いており、 そこから日差しが差し込むため、それほど真っ暗ではなかった。 「トロッコもあるよ。」 「おー。」 これは遊び場としては格好だ。 トンネル内はほんとうに工事が途中のまま、 何十年も放置された跡がはっきり残っていた。 トンネルを掘った人の作業用ヘルメットなんかも置き去りになっている。 「ミイラとかいたりしてな。」 「いないよそんなのー。」 「トンネル内で餓死した人の白骨死体が…。」 「いないいない!」 アロエちゃんをからかおうとするラスク君。 しばらくトンネルを歩くと、急に見晴らしのよい所に出た。 列車が一瞬トンネルから出て山の外側を走り、またトンネルに入る部分だ。 「あっ、ここかー! 学園側からも見れるよなぁ。」 「不自然な崖があると思ったでしょ。」 「うんうん。」 崖からは、アカデミー側の景色が、山頂よりもやや大きく、 そして障害物らしい障害物もなく、はっきりと見えた。 山頂から見れる麓の景色は、竹林が邪魔してしまうため視野が狭いのだ。 ここなら文句なしの絶景を楽しむことができる。 「ユウ君とラスク君だけに教えてあげるね。」 「ありがとう。それじゃあここは僕らの秘密の場所って事にしよう。」 「夏の終わりにはこの山で夜祭りがあるんだけど、 その時の花火をここで見るとベストアングルで拝めるよ。」 「夜祭りかぁ…そんなものもあるんだね。」 「毎年恒例だよ。ここに住む人なら必ず見ておかないと。」 ユウが以前住んでいた町には、お祭りという習慣がなかった。 だから夜祭りと言われてもピンと来なかったのだが、 とりあえず夏の終わりに楽しいことが待ってるんだと捉えておいた。 "秘密の場所"を散々楽しんだ後、僕らは山を降りて麓の鳥居でバイバイして、家に帰った。 廃線のトンネルに繋がる細道は、山の裏側を走って中腹の踊り場に繋がっているため、 わざわざ山頂まで行かなくても秘密の場所に来ることができる。 僕たちの遊び場に、またひとつ素敵な場所が増えた。 |
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