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2-3.ひみつの特訓 << >>

そんなわけで。

アロエちゃんと2人で召喚魔法の練習をはじめることに。
ターゲットとしたのはドラゴンの子供。
難易度も低く、しくじっても害の少ない地竜の子竜だ。

魔法陣も難解じゃなく、何度かの練習の後、
僕たちは学園の資料室にあった魔法陣と寸分違わぬ魔法陣を
ゼロから作成できるようになった。

大きな特徴をしっかり把握し、文字ひとつひとつの意味を
理解しながら覚えれば、暗記することはそう難しくない。
ここはまぁ、サツキ姉ちゃんの受け売りなんだけど。

あとは呪文の詠唱。
術師となる僕とアロエちゃんの呼吸を乱さないことが
今回の演習の最大のポイントとなる。

生き物を魔法によって召喚した場合、
詠唱が途中で途切れたり、重要な箇所を間違えたりすると
被召喚対象が完全な姿で召喚されなかったり、
精神に異常を来した状態で召喚されてくる事がある。

上半身が断裂した状態で召喚してしまったり、
体を構成する組織の一部分だけが召喚されてしまった場合、
直ちに詠唱を取りやめ、もとの位置に戻さないと
被召喚対象がその場で絶命することになる。

霊体や精霊を喚ぶときも、同様の注意が必要だ。
失敗したときのリスクは、生体を召喚したときのそれより更に高まる。

まずは具体的な演習内容を書き写したレポートを、
担任のアメリア先生に提出する。
ここでOKサインが出なかった場合、
僕たちはまた最初から予定を立て直さないといけない。

緊張しつつ、僕たちは職員室のドアを叩く。

「はーい、レポートできたのね。」

「僕たちにはまだちょっと早いかもしれないですが…。」

アメリア先生は持っていた教本を手放し、僕たちのレポートに目を通した。

「まぁ…召還魔法を。」

「魔方陣と呪文の詠唱はバッチリです。あとは2人の呼吸を乱さないように…。」

「いいんじゃない。」

ふたつ返事で快諾。
緊張してレポートを持っていっただけに、拍子抜けした。

「失敗が怖いかもしれないけど、その時は頼りになる先生がいるから。
 がんばって練習してきてね。」

「ありがとうございます!」

渡したレポートを返却され、教員室を出る。
あとは練習するのみだ。

放課後のアカデミーの門をくぐると、
僕とアロエちゃんはいつもの神社に直行した。

「呼吸を合わせると言っても、具体的にどうすればいんだろ?」

「私達がひとつになればいいんじゃない。」

「ひとつ?」

「うん。」

「どうやって?」

「ユウ君にぶいね。」

「なにを言ってるんだよぉ。」

"ひみつの場所"の、日当たりのよい場所を選んで腰を下ろす。
自由課題の練習のちょっと以前から、この場所は僕たちにとって
共同の勉強場所になっていた。

空っぽの棚にはテキストが置かれ、食べかけのお菓子なんかが置いてある日もあった。
自宅でやる勉強とはまた雰囲気が違うから、競う仲間がいるからという理由で、
この場所でやる勉強は思いのほかはかどった。

アロエちゃんはロウソクを1本取り出し、魔法で火をともした。

「どうするの?」

「氷を作る魔法は分かる?」

「うん。」

「それじゃあ、このロウソクの火に向かって唱えてみて。」

「いいよ。」

軽い詠唱を用いて魔法の氷がロウソクを包む。
それまでロウソクにともっていた炎は、瞬く間に消えてしまった。
するとアロエちゃんがそれに抗するかのように、魔法の炎で氷を溶かす。

「??」

「続けて。」

言われるがままに、再度呪文を唱える。
なんとなく、アロエちゃんのやりたい事が分かってきた気がする。
今度はさっきよりやや弱い魔力で、魔法の氷を作り出した。

ジュッ。

今度はアロエちゃんの魔力が強すぎて、氷があっという間に溶かされ、蒸発してしまった。
これはつまり、互いの魔力が完全に一致していないと、片方の魔法が押し殺されてしまうということだ。

「私はこの魔力を保つから、ユウ君が合わせてみて。」

「うん。」

召還だけでなく、複数の術士が必要な大魔法も同様のチューニングが必要となる。
この「魔力合わせ」のトレーニングは、いつか姉ちゃんの持っているテキストで読んだことがあった。

しかし、互いに反発する2つの魔法を同じ場所にキープするというのは、
平地に硬貨を立てるようなバランスが必要だ。
少しでも冷やす力が強いと火は消えてしまい、弱いと氷が解けてしまう。

「今度は私が合わせてみるね。」

アロエちゃんはロウソクではなく、僕自身を見た。
まじまじと瞳をのぞかれると照れくさいが、これは真剣な練習だ。
それに呼応して、僕もロウソクではなく、アロエちゃんを見て呪文を詠唱する。

パァッ!

二人の魔力が拮抗したのか、一瞬目の前にまばゆい閃光が煌いたように見えた。
次の瞬間…。

「おお…。」

「できた…!」

アロエちゃんのともしたロウソクの炎のまわりに、ユウの作った氷の塊が旋回している。
互いの魔法の力は完全に拮抗しており、互いにかき消されることはない。

「すげー!」

「できたできたー!」

僕たちは満足げに、できあがったロウソクを地面に立ててお菓子をほおばる。
神社の石段の途中にある駄菓子屋で買える、甘辛の砂糖せんべいだ。

「ひとつになれたかな?」

「たぶん…。」

魔力が揃ったところで召還の実践といきたい所だったけど、
ロウソクの練習にかなりの魔法力を使ってしまった僕たちは、
もはやほとんどの魔法を使う力が残っていなかった。

今日はゆっくり休んで、明日は実践しよう。

お菓子をほおばった後、僕たちはしばし談笑を交わし、
日が暮れるころに別れた。
ロウソクの魔法は互いの魔力が尽きることを待たずに、
僕の魔力がわずかに押し負けたため、旋回している氷が消えてしまった。

僕はその事を姉ちゃんに満足げに話し、今日は眠りについた。


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