今日はいよいよ自由課題本番、 すべての生徒達が学園の先端部、地のコロッシアムに集結する。 この日は午前中、2限のみ軽い授業を行い、 3限、4限は自習となった。 演習のためか、授業のほうも、 1限、2限共に体力や精神力を使わない、 アメリア先生とエリーザ先生の授業に絞られた。 昼休みを終え、生徒達の士気が高まる。 「ラスク君のチームは何をやるんだい?」 「それは見てのお楽しみ。」 「ちぇー。」 互いにネタが割れてはつまらないためか、 ほとんどの生徒達は互いの内容を割らなかった。 「アロエちゃん、準備はいい?」 「うん、バッチリだよ。」 アロエちゃんも今日は元気一杯といったところだった。 一生懸命やった練習、無駄にしたくない。 ユウは教室の前でバシャバシャと顔を洗い、気合を入れなおす。 必要な道具をカバンに詰め、コロッシアムへ。 控え室にはそれぞれのクラスの生徒達が、黙々と準備を行っている。 上のクラスの連中は、準備のほうも大掛かりだ。 魔方陣のコピーを片手に、僕はアロエちゃんと詠唱の確認を行う。 控え室は騒がしかったが、2人の詠唱は乱れない。 「それじゃあ、アメリアクラスの生徒達、会場へ〜!」 大会衣装に身を包んだミランダ先生が、開始宣言をする。 地のコロシアムは、わずか13名のアメリアクラスの生徒達にはいささか広すぎた。 でも、会場に負けるような演習は、僕たちはやらない。 「いままで通り、練習してきたことをやろう。」 「うん。分かってる。」 控えの席に腰をかけ、僕たちは出番を待つ。 一番手となったのはソロ参加のレオンさん。 協力者のいない彼が、どんな魔法を使うのだろうか? 「それじゃーいっちょ、盛り上げていきま〜す!」 そう言うと彼は身をかがめ、全身の魔力を収束し始めた。 遠目で見ても、それは彼のほぼ全魔力を消費するものだとユウ達にも分かる。 魔法の力が集積し、紫色の光球となって彼の両の手の間に具現化される。 瞬時にレオンさんは、右の手を天にかざし、呪文を詠唱する。 次の瞬間、収束した魔力は巨大な熱気球となって、天に跳ね上がった。 ドゴーーーーーン!! 熱気球はコロシアムの塔より高い位置に上り、まるで花火のように四散する。 これは、攻撃用に使えばかなりの威力になるだろう。 彼はその後も、大小まばらな魔法の花火を、空に轟かせた。 さしずめ、ショー開始の花火といったところか。 彼は一礼して、控え席にもどった。 「…きたない花火だ。」 「なんだとセリオス。」 同じクラスのセリオスさんが、一言漏らした。 花火の演舞は、一番手としては良い内容だったと思ったけど。 「魔力の変換率が悪すぎる。熱球に変わったのは魔力の20%程度で、残りは大気中に逃げている。」 「く…。」 レオンさんは痛いところを突かれたような表情だ。 たしかに発せられた火球に対し、チャージ時間が長かった気がする。 続いて、シャロンさんとルキアさんの演習。 二人の手にした道具はなんと…「ジョウロ」。 ごく普通の園芸用のジョウロだった。 「優雅にいきますわ!」 そう言うと彼女たちはコロッシアムの石畳に、種を撒き、 あらかじめ水を汲んであったジョウロで水を撒く。 詠唱はない。これは魔法なんだろうか? しかし、彼女達が水を撒き始めて数秒、すぐに種が発芽し、 苗となり、そして葉が生い茂り、花が咲いた。 色とりどり、コロッシアムの中央に、カラフルなフラワー・ガーデンが形成されてしまった。 「時間を早める魔法と、生命力を与える魔法を予め種にかけておいたのよ。」 そう言って彼女達は、次々にコロッシアムに種類の違う花を咲かせていった。 これは確かに優雅だ。攻撃術でも防御術でもない、女の子ならではの魔法といえる。 ひととおりの演舞を終えると、彼女たちは咲かせた花に再び時間を早める術をかけ、 フラワーガーデンは、枯葉となり、土に還った。 「片付けるのも手際がいいわね。」 戻った2人に、マラリヤさんが一言。 次は、マラリヤさんとクララさんのコンビ。 二人ともダンスのような、華麗な衣装に身を着替えている。 クララさんのほうは、なんか照れくさそうだ。 会場にはBGMが流れ、昼間なのに魔法のスポットライトが当てられる。 軽い足取りで会場の中央に向かう2人。 だが会場の中央に差し掛かったさなか、突如二人の足は宙空を歩きはじめた。 空を飛んでいるのとは違う。 はっきりと彼女達の足は、空中の見えない壁により、ぴたりと停止している。 空気を固定化してセメントブロックのように固め、その上を歩いているのだ。 マラリヤさんはその他にも見えないバネを用いた跳躍や、 ポールに捕まった大回転を行い見ているものを驚かせた。 2人とも派手なアクションは苦手なことを熟知した上で、 ステージに巧みなギミックを仕込んで大きな動きを可能にしている。 しかし、それを見ていた控え席の男達は不満げな表情だった。 「なんやー、コレやから2人ともパンツルックに着替えとったのかー。」 「オマエはそこにしか興味がないのか…。」 「レオンは興味ないん?」 「あるさ、でも俺は陰険女のほうのパンチラは見たくない。」 これだから男は…。 隣で聞いていたアロエちゃんも、呆れた表情だった。 「どうせならルキアあたりにやってほしかったなぁ。」 男達の会話は続く。 「相方は?」 「ヤンヤンか、格闘学科のユリちゃんあたりに。」 「なるほど…ユリか。」 「くいこんだレオタードに、大きな乳がぶるんぶる…」 ガッ!! 会話が盛り上がってきたところで、ルキアさんのゲンコツが会話を制した。 次はいよいよ僕たちの演舞、僕はアロエちゃんの手を引いてステージに向かった。 学園最年少、魔力はおそらくこの中の誰よりも低い2人。 見ている皆の期待が高まる。 僕たちは慣れた手つきでコロッシアムに魔方陣の礎となるサークルを描き、 複雑な魔方陣を形成してゆく。練習における召還の成功率は3回中3回。 2人に迷いはない。いままでしてきた事をぶつけるだけ。 しかし、魔方陣が7割がた完成したところで、 緊張したのか、アロエちゃんが石畳のズレてできた起伏に爪を引っ掛け、チョークを離してしまった。 わずかに2cmほどいらない線がサークルの外に描かれてしまい、 アロエちゃんの右手の親指の爪の間から、血がにじんでいる。 先のシャロンさん達の演舞にて、植物の幹が想像以上に石畳の床を動かしていたのだ。 この事態は僕も予測していなかった。 練習していた神社の境内は安定した土の地面だったし、 コロッシアムの床も、まっさらな平らな石畳と踏んでいたからだ。 血のついた地面に、まちがえて描かれた魔法陣。 しかもこのチョークは召還用の特別なもので、呪文の詠唱が終わるまでは、 踏んでも擦っても、消えることはない。 異変に気付いたロマノフ先生が、コロッシアム中央にやってきた。 「間違えた魔法陣で召還を行うのは危険だ。ただちにやめなさい。」 …ショックだ。 1つのチームに与えられた時間はわずか10分。 僕たちはこの魔法陣を描くために、もう4分以上を消費している。 「はじめからやりなおします。」 「間に合うのかね。」 複雑な魔法陣を描くのに4分、呪文の詠唱に3分、 そして召還された竜の子供に空を羽ばたかせるデモンストレーションに3分、 そう決めていた。いまからやりなおしたら、最後のデモンストレーションはカットせざるを得ない。 「この日のために練習してきたんです、やらせてください!」 言ったのは、怪我をしているアロエちゃんだった。 出血した親指は、ハンカチで包んで無理やり止血していた。 「続行を許可する。 だが次失敗したら、抗議なしに他のチームの演習に移行するぞ。」 ロマノフ先生はそう言って席に戻った。 どうにか命拾いをしたが、アロエちゃんの負傷は深刻だった。 「続けられる?」 「大丈夫。」 アロエちゃんは気丈な表情で、ユウを見返した。 魔法陣に再度血がつかないよう、アロエちゃんはハンカチの端を強く結んで止血し、 チョークを握り締めた。召還の魔法陣に血の匂いがついていると、 魔界の魔物がその匂いを頼りに出現することがある。 残り時間は5分、僕たちは再度複雑な魔法陣を描き始めた。 今度は一糸乱れぬ呼吸で、石畳の上に魔法陣が形成されてゆく。 描かれた魔法陣に狂いはない。 続いて呪文の詠唱。僕たちは遠く離れた地竜の子供に意識を集中し、呪文を詠唱する。 やや早口気味となってしまったが、僕たちは長い召還の呪文を、 正確に唱えることに成功した。 魔法陣のラインが明るく発光し、召還の準備が整う。 ここで2人の魔力の大きさと波長を、完全に揃える必要がある。 魔力を持て余す年長の術者ならば、複数の召還師と力を合わせなくてもこの程度の召還はできるが、 僕たちはまだ子供、大人の魔術師と比べてその魔力ははるかに小さい。 僕はアロエちゃんと手を繋ぎ、魔力の波長を合わせた。 そして2人で遠く離れた地竜の子供を、時空を歪めてこの場所に転送する。 まばゆい光と共に、地竜の子供がコロッシアムに召還された。 成功だ。召還された地竜の子供には、ひとつの傷も見当たらない。 竜の子供は、背丈は僕たちとさほど変わらないが、知性は高い。 すでに練習において意思疎通を行っているこの子は、 空を飛ぶデモンストレーションの事を伝えてある。 しかしここで、約束の10分が過ぎてしまった。 ユウは審判員席を見たが、終了のサインは出なかった。 ロマノフ先生は、不安な表情の僕に対し、「続けろ」のサインを出す。 演習は続行された。 次は、この竜の子供に空を羽ばたかせ、急降下、急旋回などのショーを行う。 地竜といっても、翼は広げれば3メートルを超える。 砂埃を巻き上げて飛び立った竜の子供は、大きな咆哮を上げて空を羽ばたく。 ひととおりの演舞を終えて、竜の子供は地面に降り立ち、 再び転送の魔法により元の場所に戻された。 上級生の席から歓声が上がる。 まだ11歳の新入生徒2人が、召還魔法を成功させたのだ。 演習の内容も、僕らのクラスの中では際立って本格的だった。 僕たちは歓声をくれたクラスの生徒達に一礼し、席に戻った。 終わってみればあっという間だ。 途中アクシデントはあったが、アロエちゃんの表情は満足げだった。 自由課題の生徒達の演習は、この後も続けられた。 カイルさんとラスク君の内容は、「料理」。 食材に命を吹き込んで動かし、手を一切触れずに料理を作るというものだった。 一定の動きをする包丁や皮むきに向かってニンジンやジャガイモが歩いていき、 同じサイズに切り分けられて、鍋の中に飛び込んでいく。 出来上がった料理はおなじみのカレー。 できたカレーをカイルさんが皿に盛り、観客席にかざすところで演舞は〆られた。 クラスの中では一番地味な演習だったが、食材や調理器具が自動で動くという コミカルな内容と、誰でも食べたことのある料理を作るというアイデアが、反響を呼んだ。 「なんか腹減ったなァ。それ、食べれるん?」 「残念ながら、野菜は生煮えです。」 10分では、たしかにカレーは作れない。 においだけは普通のカレーなんだけど。 続いて転校生のサンダースさんとタイガさんの演習。 これはきわめてシンプル、いかなる衝撃にも耐える魔法のバリヤーを作るという内容だった。 受け手がタイガさん、攻め手がサンダースさん。 ほぼ透明の光の薄い膜が、あらゆる攻撃を跳ね返す。 シンプルだが…この演舞は迫力があった。 はじめは鉄パイプ、ブロックなどをぶつけてその強度を実証し、 弓矢、拳銃の弾などの細くて鋭いものもはじき返した。 そして極めつけは…。 「ミサイル」。 こ、これはしくじったらどう責任を取るのだろうか…。 サンダースさんは険しい表情のまま、ミサイルを両腕で担ぎ上げ、 バリヤーを張るタイガさんに投げつけた。 ドゴォオオオオオン!! ミサイルの信管がバリヤーに触れると、大爆発を起こした。 しかしもくもくとあがる煙の中に、タイガさんはすっと静止して立っている。 成功のようだ。タイガさんはバリヤーを解き、サンダースさんと手を合わせた。 もっともガサツで華のない演舞だったが、実用性はある。 この学園には時折、自然界に住まう魔物が迷い込んできて、戦闘になることがあるからだ。 そして7組目。最後の演舞だ。 残ったのはセリオスさんとヤンヤンさん。 「イッツショータイム。」 セリオスさんは呪文を詠唱し、コロッシアムをすっぽりと暗闇のフィールドで包み、 夜の世界に変えてしまった。時間を操作しているのではない。 光を遮る魔法の膜が干渉して、擬似的な夜を作り出している。 続いてセリオスさんは異なる魔法を唱え、暗闇のフィールドに星を輝かせた。 暗闇のフィールドは時計回りに回転し、その所々に魔法の星屑が散りばめられる。 いわばこれは、魔法により作られたプラネタリウムのようなものだ。 そして魔女の衣装に身を包んだヤンヤンさんが箒にまたがり、夜空を飛行する。 美麗だ。星座などの再現もしっかりとできており、 ロマノフ先生もヒゲをいじりながら、その再現度に関心している。 箒にまたがったヤンヤンさんがセリオスさんの両手に着地し、お姫様だっこになる。 セリオスさんがパチンと指を鳴らすと擬似的に作られた暗闇のフィールドは解かれ、星空も消えた。 みな個々の特性を生かした演舞で、見ている僕たちも驚きの連続だ。 「ヤンヤン、なんか顔が赤いぞー。」 「じょ、冗談じゃないアル! 学校の演習だったからやっただけアル!」 「僕が頼んでやってもらったんだ。この衣装と飛行のデモンストレーションをね。」 お姫様だっこのスタイルのまま、ヤンヤンさんは控えの席に戻った。 演習は続いて上級生のクラスに移り、僕たちはそれが終わるまで控え席で観戦した。 上級生達はより大人数のチームで演習を行い、規模も派手さも僕たちのものよりずっと立派だった。 まだその域に達してない僕たちは、華麗な演舞にただ口を開けて見つめるばかりだったが…。 日が沈むころ、自由課題の演習は教頭のロマノフ先生の言葉を持って終えられた。 多少のハプニングや演習のレベル差はあったが、生徒達はみな満足げな表情だ。 |
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