ふたり並んで商店街を歩き、カレーライスに足りない材料を買う。 ただそれだけの事なのに、なんだか照れくさい。 時間帯が夕食前ということもあって、駅前のスーパーは混んでいた。 僕が買い物カゴを持つと、アロエちゃんは慣れた手つきで商品を品定めする。 きちんと気に入ったものだけを買い物カゴに入れ、そうでないものは元に戻す。 ふだんからこういう事を、営々とやっていたという事だろう。 野菜や肉の見分け方も、よく分かっている様子だった。 「ユウ君、甘いものは好き?」 「うん? そうだね、大概なんでも食べれるよ。」 「マシュマロとかは?」 「好きだよ、どちらかっていうとプレーンの方が得意かな。」 ボンッとファミリーサイズの袋を買い物カゴに入れる。 小柄なアロエちゃんが持つと、ファミリーサイズというか一週間分の食料にさえ見える。 「これでいいかな。」 「ルウは持った?」 「家にいっぱいあるよ。」 「それじゃーレジに…。」 「あ、待って。」 「ん?」 「ユウ君の歯ブラシ買わないと。」 「ちょ。」 生活用品コーナーに行き適当な歯ブラシを持ち、これでいい? 言わんばかりにこちらを見る。 「ピンクはやめようよ…それに、僕は今日、泊まるんですか?」 「両親は明後日まで帰ってこないし、ゆっくり遊べる日なんて当分ないかもよ?」 「そうだけど…。」 「女友達が来たって言い訳ができるから、色はこれで我慢して。」 「よく考えてるね。」 「親はそのへんうるさく言わないんだけど…もし色々バレて、 ユウ君と付き合うのやめろとか言われたら、私もイヤだから。」 そそくさと会計を済ませ、スーパーを出る。 空は陽がほぼ沈み、地平線はパープルのグラデーションを彩っていた。 アロエちゃんの部屋に戻る頃にはちょうど夕食時だった。 僕はラスク君の家に泊まると言って姉ちゃんに晩ごはんのキャンセルの電話を入れ、 口裏を合わせられるようにラスク君の家にも電話を入れた。 ひとつ嘘をつくために、大掛かりな芝居を打たないといけない。 できることなら嘘などつきたくないのだが、異性の部屋に泊まるとなるとさすがに言いづらく、 今回は姉ちゃんを心配させないためにも、ラスク君に協力してもらう事にした。 「悪い子だぁ。」 「誰のせいですか?」 「えぇ〜、私ぃ?」 「君以外に誰がいるのさ。」 アロエちゃんはエプロン姿で2人分のカレーを作る。 台所の高さが彼女の身長に合ってないのだが、それらを器用に扱う。 「サツキ先生が幽体離脱して私たちの部屋に来たり…。」 「怖いこと言わないでよ。」 「天冠つけて「うらめしや〜…」ってね。」 「…想像しちゃったよ。」 さすがにそれはない。 魔法力的にはその位の事ができると思うのだけど、そういう野暮な事をする人間でもない。 けれども僕の事を心配してないと言ったら嘘になる。 だからどうしても、今夜は嘘をつく必要があったんだ。 アロエちゃんが電子ジャーを開ける音がした。 炊き立てのご飯の上にカレーソースが注がれる。 いい匂いだ。作り慣れてる。 アロエちゃんは、僕の見たことのないスパイスを巧みに使って、 既製品のルゥを本格的な手作りカレーに変身させた。 野菜のとろけた甘い香りがスパイスの匂いに混じって、僕の空腹感を刺激する。 「できたよー。」 「ありがとう、さすがだね…。」 クマさんの装飾のついたプラスチックのスプーン。 皿が家庭用の子供向けのものでなく、白いディッシュに銀スプーンだったなら、 そのへんの洋食屋に置いてあっても不思議じゃないだろう。 おいしい。 同級生の女の子が自分のために作ったという心理的補正もあって、 とても心に残る味だった。 僕とアロエちゃんは、4人掛けのテーブルに向かい合うように座って、 静かに晩ご飯を2人で食べた。 アロエちゃんがいま座っている場所は、 普段ならサツキ姉ちゃんが座っている場所だ。 新鮮だった。身だしなみに余計なチェックを入れられることもなく、 僕のサラダに勝手にドレッシングを注がれることもなく、 対等の相手と力をぬいて食事ができる。 なんかドキドキしてしまう。 対面の相手がどのように口に食物を運ぶかなど、日頃は考えたこともない。 じろじろ見てはいけないなと思いつつ、たまにアロエちゃんのほうに目がいってしまう。 「ユウ君の事ね。」 「うん?」 「すごく感謝してるんだ、私、本当は人見知りだから。」 「そうは思えないけど…。」 「学校ではね、強がりをしてる。できるだけ明るく振舞って、早く友達を作ろうと思って…。」 「ぼくはとても話しやすかったよ。」 「うん、それは私も。」 「入学式の時から、この子とは友達になれそうだと思ったよ。」 「私と歳が同じなのは、ユウ君とラスク君だけだったからね。」 「現に3人でよく遊んでるじゃん。」 「うん。」 あまり聞いたことのないアロエちゃんの本音。 いままでこういう会話をしなかったのは、いたずらに僕に負担をかけないためだろうか。 「お医者さんになるためにね、治癒魔法の基礎をある程度学んでおいたほうがいいって、 お父さんに薦められた時は、私は普通科のある学校に行きたいって反対したんだよ。」 「魔法と医学って関係あるの?」 「あるよ。科学で補えないところは魔法に頼るし、魔法でどうにもならない時は科学に頼るの。」 「そうだったんだ。」 「でもさ、いざ学校に入って周りがおじさんおばさんばかりだったら、全然話が合わないじゃん!」 「それは僕もいやだね…。」 「でもアカデミーに入学してみたら、そんなにみんな歳も離れてないし、 仲良くしてくれる人たちばかりだったから良かったけど。」 「うん、みんな優しい人だと思う。」 先生たちは時に厳しいけど、本当に生徒の事をよく考えてくれてる。 担任のアメリア先生も、日頃のちょっとした悩みにすぐ答えてくれる。 だからみんな、この学校の人たちは活き活きとしているんだ。 「おいしかった? カレー。」 「うん、とっても。」 アロエちゃんはお皿を下げ、台所で洗いはじめた。 なんかママゴトをしているみたいだ。食べ物は本物だけど。 彼女のつけているブカブカのエプロンが、どことなくごっこ遊びに見えるからだろうか。 僕は席を立ち、アロエちゃんの隣に立って一緒に皿を拭いてあげた。 普段、姉とはこういう共同作業をしていない。 今日はどちらがどの役をやるというのが、暗黙の了解で決まっているからだ。 「あ、お風呂沸かさないと。」 「追い炊き式なの?」 「うん、水は昨日換えたばかりだから大丈夫。ユウ君、先に入る?」 「いいや、ここはアロエちゃんの家なんだから、君が先に入ってよ。」 「今日はユウ君がお客さんなんだから、ユウ君が先に入ってよ。」 「いいや、僕は後からでいいよ。」 「じゃあ一緒に入ろうよ。」 「えっ…?」 当たり前のように彼女の口から出てきた言葉がそれだった。 僕は言葉に詰まり、彼女から視線を落としてしまった。 一緒に入っているところを想像しただけで、顔が赤面してしまったからだ。 「決まりだね、一緒に入ろう。」 「僕はまだ何も言ってない!」 「今首をタテに振ったじゃん。」 「タテに振ったんじゃなくて、君がハズカシイ事を言うからうつむいたの!」 「なんで恥ずかしいの?」 「…………。」 うだうだ言ってる間に僕は完全に"NO"と言うチャンスを奪われ、 気が付けば2人一緒に脱衣所に入っていた。 出口側に立っているのはアロエちゃん。僕に逃げ場はない。 「後ろを向いてるからユウ君が先に脱いで、先に入って。」 「あの…。」 「なに?」 「今から、別々に入るわけにはいかない?」 自分でも声が震えているのが分かる。 逃げ出したい、というか、こんな事をするのは初めてだ。 「そんなに緊張する事ないじゃん、兄弟だと思えば。」 「現に僕は緊張しているんだ…って、うわぁ!」 後ろを振り向こうとしたら、すでにスカートを半分下ろしたアロエちゃんがいた。 ブラウスの下に水玉模様のショーツだけ。完全に目に焼きついてしまった。 慌ててお風呂側に振り返る。 「わかった…先に…入っているよ。」 僕は後ろを向くアロエちゃんの隣でハダカになり、お風呂場のドアを開けた。 |
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