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3-3.闇夜に肌を重ねて << >>

ガチャリ。

擦りガラスの張られた扉を開くと、そこは遊園地のような円筒形のお風呂場。
浴槽は、その端に三日月形になってくっついている。
天井にはプラネタリウムのような星座が描かれている。

なんとも遊び心の凝ったお風呂だ。
リビングもそうだったが、この家のデザインはユーモアに富んでいる。
お父さんの趣味だろうか…?

僕はお風呂場が2人で入るに十分な面積である事を確認しつつ、
静かに湯船の中に足を浸けていった。

…ぬるい。

アロエちゃんの体温に合わせた設定だろうか。
僕の家はいつも姉ちゃんがガンガンに熱く沸かすから、
普通の人には入れないほどの高温になっている。

そして僕もその温度に慣れているから、銭湯や友達の家でお風呂を借りるとぬるくて仕方ない。
発汗効果や血行を良くするためには、多少は高い温度が望ましいと思うのだけど…。

まさか、この中でいちゃいちゃしてものぼせないため?

思考があらぬ所まで巡ってしまう。
現にアロエちゃんは僕に対して積極的だ。
僕に対して好意を覚えてなかったら、こうしてお風呂に誘う事もなかっただろう。
そして僕もこんな展開を期待してないといったら嘘になる。

…でも、それは置いといて。
いきなり素っ裸になって肌が触れ合ったりするシチュエーションは、全く考えてもいなかった。
緊張のあまり、口の中に唾ばかりがたまる。

擦りガラスの向こうには、おそらくなにも服を着てないアロエちゃんがいる。
いまにも入ってきそうだ。タオルの有無は? どういう向きで?
僕はどういう顔をして彼女を迎えればいい?

考えれば考えるほど刺激の強い展開が脳内でシュミレートされる。
そうしておかないと、予想以上の出来事が起きたとき、対応ができない。

お湯の色は澄んだ無色透明。
向かい合って座ったら、互いの生まれたままの姿が丸見えになってしまう。

ガチャリ。

扉の開く音がした。

僕はうつむいたまま、アロエちゃんが近寄ってくる足音を聞いていた。
真っ直ぐ近寄ってくる。洗い場や鏡のあるほうには見向きもしない。

顔をあげると、バスタオルを巻いたアロエちゃんが僕の目の前に立っていた。
タオルを巻いていても、体のシルエットはくっきりと分かる。
そして、足や肩、うなじなどの部位は隠せない。

「入るよ。」

そういうとアロエちゃんは、潔くバスタオルを剥いで、
浴槽のタブを乗り越えて、僕の隣にすとんと座った。
ザバーッと湯が溢れて洗い場が満たされる。

2人で入ると、浴槽はせまい。
どう距離を保っても、多少は体のどこかが互いに触れてしまう。

僕は、自分の陰部が彼女に見えないように、
ヒザを立てて上体を丸くすぼめた。
恥ずかしい。触れ合う肩から伝わる体温が、
今2人がハダカで触れ合っているという事実を否定できない。

互いに言葉が出ない。
なにか沈黙を破る言葉が欲しい。

「この怪我、こないだの魔方陣のときの。」

「あ…。」

石畳にひっかけた親指の傷が、まだ残っていた。
爪が少し剥げた痕が生々しく赤く染まり、カサブタを形成している。

「あむっ。」

「あ…。」

「舐めとけば治る。」

「ちょっと意外だった、今の行動。」

やった自分も意外だった。
なにかしていないと間が持たないという切迫感からか。

しかし意外と肌というものは、一度触れ合ってしまえば慣れてくるもので、
アロエちゃんは僕に半分体重を預け、肩の上に頬を乗せた。

「肩とか胴回りは、ちゃんと男の子だね。」

「そう?」

「いつも制服越しの姿しか見てないから。」

「これでもちゃんと男の子だよ。」

「腕の太さとか私と変わらないんじゃないかなって思った。」

「比べてみる?」

右腕と左腕をくっつけて確かめる。
しなやかな僕の体は決して男らしいとは言いがたいが、
アロエちゃんに負けるほどじゃあない。

「胸板は…。」

「ちょ、くすぐったいってば。」

「もう少し頑張りましょう。」

「評価低いね…。」

べたべたと触られることにも慣れてしまった。
なんか微笑ましい。
言われてみれば兄弟のようだ。

「背中、流してあげる。」

「うん、お願い。」

長時間浸かっていたせいかクラッとくる。
ぬるめの湯温で助かった…。



「かゆい所はないですかー?」

「ちょ、アロエちゃん。」

「そんなにくっつかなくていいよ。」

「ユウ君が逃げるからくっつかないと届かないの。」

ごわごわした垢落としでガシガシ洗われる。
一緒に触れてくる二の腕とか指先の感触が…やばい。

「はい、ソコは自分で洗ってね。」

必死でガードする下半身に、ポンと垢すりを置かれた。
さすがにここまでは洗ってこないか…。
ちょいちょいと洗い足りないところを自分の手で流す。

後ろを振り返ると、長い髪を自分で洗うアロエちゃんがいた。
こうして下ろすととても長い。
いつもツインテールにしているから気付かなかったけど…。

「毎日洗うの大変だね。」

「そーだよ。」

「洗ってあげようか?」

「いいの?」

直に触れるアロエちゃんの髪。
血液のような真紅、塗れていても、すっと手グシが入る。
座ると腰ぐらいまであるから、毎日これを洗うのは一苦労だろう。
傷つけないように、そっと洗う。

「ありがとう。」

「なんか美容師さんになった気分だった。」

「かゆいところはないですかー? って聞かないと。」

「ないですか?」

「もう流しちゃったよ。」

「なら何故言わせたの。」

「言わせたかったから。」

「はいはい。」

互いの体を洗った後、僕たちは別々に脱衣所に行き、
服を着てリビングに戻った。

「牛乳飲むー?」

「やっぱり湯上りには飲むんだね…。」

「飲まないと大きくならないよ?」

「じゃー僕も飲む。」

キンキンに冷えた牛乳瓶を渡され、フタを開ける。
よく見ると、冷蔵庫の中の一段が、牛乳によって占拠されていた。

「お父さんとお母さんも飲むからね。」

「牛乳一家?」

「まちがってはいないと思う。」

「たしかに育つとは言うけど。」

「お父さんのミルクで私が生まれたといっても過言じゃないんだよ。」

「それは、問題発言です…。」

「なんで?」

「お父さんに訊いてください。」

「今度聞いとく。」

アロエちゃんはパジャマ姿で、腰に手を当てて牛乳を飲む。
そんな姿がおっさん臭くなく似合うのだから、笑ってしまう。

「さて…。」

僕たちは黄色い空き瓶回収ケースに牛乳瓶を戻すと、
リビングの電気を消して2階に渡った。
階段は2階に上がったところでT字に分岐し、
右に曲がると少しの通路を経てアロエちゃんの部屋だ。


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