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3-4.ワタアメの夢 << >>

全体的にいい匂いだ。
アロエちゃん自身の匂いと似ている。

アロエちゃんはさっきからドライヤーでせっせと自分の髪を乾かす。
僕の髪はせいぜい5分もあれば乾くが、アロエちゃんの髪はそうそう乾かない。

「塗れたまま寝るとクセになっちゃうからね。」

「まめにお手入れしてるんだなぁ…。」

さすがは女の子。
僕なんて、疲れていたらそのまま眠ってしまう。
そして寝グセだらけの頭を姉に指摘される。

「ユウ君パジャマは?」

「あー、下着は替えを持ってこれたけど、さすがにパジャマは…。」

「男の子の部屋に行くにしては不自然だもんね。」

「鞄にも入らなかったから諦めたよ。」

「私のを着る?」

「またそうなるのか…。」

「これなんか男物に見えなくはないよ?」

「どれどれ…。」

水色とグレーのストライプ。
たしかに柄や布生地そのものは女物っぽく見えなくはないが、
シルエットや装飾は、明らかに女児用のそれだ。

「却下。」

「えーっ。」

「これは?」

「もろ花柄じゃん…。」

「似合うと思うんだけど…。」

「楽しんでるでしょ?」

「バレたか…。」

「ユウ君。」

「なに?」

「アカデミーの制服着てみる?」

「だーかーらー!」

「未使用のスカートもあるよ…。」

「履けっての?」

「似合うと思うんだけど…。」

「君が個人的に楽しんでるだけだよ。」

「はい、ねこ耳リボン。」

「つけろっての?」

タンスの中からあれやこれやが沸いて出てくる。
僕は完全にアロエちゃんの着せ替え人形にされてしまった。
まぁ、さっき生まれたままの姿を晒したばかりだから、
こちらのほうはいくらか刺激が少ないのだが。



「似合ってるよ、ユウ君。」

「もうこのくらいで勘弁して。」

結局僕は、左右の髪をヘアゴムで縛られた上に、
アロエちゃん愛用のねこみみリボンを付けられてしまった。

「ワンピースとか着せてみたいんだけど。」

「もうやめて、マジで…。」

「写真撮っていい?」

「イヤです。」

「撮りたい。」

「ダメです。」

「ちぇ〜。」

うだうだ付き合っていたらキリがないので、
僕はヘアゴムとねこ耳リボンを外してテーブルの上に置いた。

時計の短針は11時を指している。
もう、いい時間だ。ふだんならそろそろ布団の中に入るころ。
サツキ姉ちゃんも、学校の仕事を家に持ち帰って片付けていることはあるが、
健康のために基本、夜更かしはしない主義だ。

しかし今日は、僕もアロエちゃんも目が醒めている。
まるで旅行でもしに来たかのようだ。
いつもと違うシチュエーションに、脳が起きろといっている。
結局、寝ようと思っても眠れない。
布団に入ったら入ったで、隣にパートナーがいるという状況が新鮮すぎて。
それこそポーカーゲームでもやって時間を潰したいぐらいだ。

スタンドライトを点けたまま天井を向く。

布団の中、互いの指先が触れる。

はっとなってアロエちゃんのほうを向くと、アロエちゃんもこちらを向く。
照れくさくなって、また天井を向く。
そしてまた、指先が触れ合うと、今度は互いに握り返す。
そんな事を、いつまでも繰り返していた…。

意識がなくなるまで、繰り返した。

気が付くと、僕は寝息を立てるアロエちゃんの隣で目覚めた。
もとい、すずめ達の鳴き声に起こされたのだ。
アロエちゃんの家と隣にある家の間には、細い緑地帯があり、
そこに小鳥たちが大所帯を形成している。
この泣き声は、数軒隣にある僕の家にも届いてくる。
近くで聞くと、それはすさまじい大合唱だ。

時刻はまだ4時半、遠くの空にうっすらと朝日が差している程度。

アロエちゃんは、小鳥達の声にも起きる気配が、ない。
どのような騒音でも毎日聞いていれば慣れてしまうものらしい。
なにやら幸せそうだ。口元が心なしかはにかんでいる。

「ユウ君…。」

「なに?」

いきなり話しかけられた。
起きていたのだろうか?

「あっちの屋台に行こうよ。」

「あっち?」

夢を見ているのか、出てきた言葉は素っ頓狂なものだった。
屋台などここにはありはしないし、お祭りのシーズンにはまだまだ遠い。

「あっちの屋台にはなにがあるの?」

返事など返ってくるはずもないのだが、話しかけてみた。

「ワタアメ…。」

「ワタアメ?」

「ユウ君、私、ワタアメが食べたい。」

完全な寝言なのだが、はっきりとそう聞こえた。
おそらく彼女はお祭りの夢を見ている。
そして、ワタアメが食べたいらしい…。

なんだかすごく愛おしくなった。
夢の中で自分の名前を呼ばれた衝撃もさることながら、
単純にワタアメを食べたいと言った彼女の子供っぽさが、ぐっと心に応えた。

おそらく、この瞬間の彼女の言葉を、僕は忘れることはないだろう。


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