全体的にいい匂いだ。 アロエちゃん自身の匂いと似ている。 アロエちゃんはさっきからドライヤーでせっせと自分の髪を乾かす。 僕の髪はせいぜい5分もあれば乾くが、アロエちゃんの髪はそうそう乾かない。 「塗れたまま寝るとクセになっちゃうからね。」 「まめにお手入れしてるんだなぁ…。」 さすがは女の子。 僕なんて、疲れていたらそのまま眠ってしまう。 そして寝グセだらけの頭を姉に指摘される。 「ユウ君パジャマは?」 「あー、下着は替えを持ってこれたけど、さすがにパジャマは…。」 「男の子の部屋に行くにしては不自然だもんね。」 「鞄にも入らなかったから諦めたよ。」 「私のを着る?」 「またそうなるのか…。」 「これなんか男物に見えなくはないよ?」 「どれどれ…。」 水色とグレーのストライプ。 たしかに柄や布生地そのものは女物っぽく見えなくはないが、 シルエットや装飾は、明らかに女児用のそれだ。 「却下。」 「えーっ。」 「これは?」 「もろ花柄じゃん…。」 「似合うと思うんだけど…。」 「楽しんでるでしょ?」 「バレたか…。」 「ユウ君。」 「なに?」 「アカデミーの制服着てみる?」 「だーかーらー!」 「未使用のスカートもあるよ…。」 「履けっての?」 「似合うと思うんだけど…。」 「君が個人的に楽しんでるだけだよ。」 「はい、ねこ耳リボン。」 「つけろっての?」 タンスの中からあれやこれやが沸いて出てくる。 僕は完全にアロエちゃんの着せ替え人形にされてしまった。 まぁ、さっき生まれたままの姿を晒したばかりだから、 こちらのほうはいくらか刺激が少ないのだが。 「似合ってるよ、ユウ君。」 「もうこのくらいで勘弁して。」 結局僕は、左右の髪をヘアゴムで縛られた上に、 アロエちゃん愛用のねこみみリボンを付けられてしまった。 「ワンピースとか着せてみたいんだけど。」 「もうやめて、マジで…。」 「写真撮っていい?」 「イヤです。」 「撮りたい。」 「ダメです。」 「ちぇ〜。」 うだうだ付き合っていたらキリがないので、 僕はヘアゴムとねこ耳リボンを外してテーブルの上に置いた。 時計の短針は11時を指している。 もう、いい時間だ。ふだんならそろそろ布団の中に入るころ。 サツキ姉ちゃんも、学校の仕事を家に持ち帰って片付けていることはあるが、 健康のために基本、夜更かしはしない主義だ。 しかし今日は、僕もアロエちゃんも目が醒めている。 まるで旅行でもしに来たかのようだ。 いつもと違うシチュエーションに、脳が起きろといっている。 結局、寝ようと思っても眠れない。 布団に入ったら入ったで、隣にパートナーがいるという状況が新鮮すぎて。 それこそポーカーゲームでもやって時間を潰したいぐらいだ。 スタンドライトを点けたまま天井を向く。 布団の中、互いの指先が触れる。 はっとなってアロエちゃんのほうを向くと、アロエちゃんもこちらを向く。 照れくさくなって、また天井を向く。 そしてまた、指先が触れ合うと、今度は互いに握り返す。 そんな事を、いつまでも繰り返していた…。 意識がなくなるまで、繰り返した。 気が付くと、僕は寝息を立てるアロエちゃんの隣で目覚めた。 もとい、すずめ達の鳴き声に起こされたのだ。 アロエちゃんの家と隣にある家の間には、細い緑地帯があり、 そこに小鳥たちが大所帯を形成している。 この泣き声は、数軒隣にある僕の家にも届いてくる。 近くで聞くと、それはすさまじい大合唱だ。 時刻はまだ4時半、遠くの空にうっすらと朝日が差している程度。 アロエちゃんは、小鳥達の声にも起きる気配が、ない。 どのような騒音でも毎日聞いていれば慣れてしまうものらしい。 なにやら幸せそうだ。口元が心なしかはにかんでいる。 「ユウ君…。」 「なに?」 いきなり話しかけられた。 起きていたのだろうか? 「あっちの屋台に行こうよ。」 「あっち?」 夢を見ているのか、出てきた言葉は素っ頓狂なものだった。 屋台などここにはありはしないし、お祭りのシーズンにはまだまだ遠い。 「あっちの屋台にはなにがあるの?」 返事など返ってくるはずもないのだが、話しかけてみた。 「ワタアメ…。」 「ワタアメ?」 「ユウ君、私、ワタアメが食べたい。」 完全な寝言なのだが、はっきりとそう聞こえた。 おそらく彼女はお祭りの夢を見ている。 そして、ワタアメが食べたいらしい…。 なんだかすごく愛おしくなった。 夢の中で自分の名前を呼ばれた衝撃もさることながら、 単純にワタアメを食べたいと言った彼女の子供っぽさが、ぐっと心に応えた。 おそらく、この瞬間の彼女の言葉を、僕は忘れることはないだろう。 |
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