「えーっ!?」 さきほどの寝言の話をしたら、アロエちゃんは瞳を大きく見開いて驚いた。 「たしかに言ったよ、ここで!」 「私、そんな夢見てないよ!」 「覚えてないだけだよ。」 「なんで覚えてないんだろ、勿体無いなぁ…。」 「勿体無い?」 「だってワタアメ食べれたんでしょ?」 「………。」 素でこんな台詞が出てくるのだから、よっぽど好きなのだろう。 僕はここに越してくる前、地元でお祭りがなかったので、 ワタアメはほんとうに小さなころに一度食べたきりだったのだが。 言われてみれば、お祭りのときにしか食べられない味というのは希少価値がある。 時刻はまだ七時、まだ余裕がある。 僕はアロエちゃんと一緒にリビングに下りて、パンだけの朝食を取った。 「ユウ君ミルクは?」 「朝からミルクなの?」 「むしろ朝だからミルクだよ?」 食卓にミルクが2つ並ぶ。 サツキ姉ちゃんはコーヒー派だからすごく斬新に思えた。 カットしただけのフランスパンに、申し訳程度のハムが並ぶ。 これは、女の子ひとりの自炊と思うなら仕方ない。 食べながら、アカデミー制服に着替える。 換えた下着は…このままカバンに入れて持ち帰るか。 リビングの窓からまぶしい朝日が差し込む。 朝らしい朝。両サイドを建物に挟まれたユウの家とちがう。 「一緒に学校行くよね?」 「ドア開く瞬間を誰かに見られたら恥ずかしいんだけど。」 「早めに出れば分からないよ。」 「それもそうかな。」 ささっとパンを食べて使った食器を片付ける。 戸締りよし、僕らはカバンを抱えてアロエちゃんの家を出た。 「あっ…。」 あろう事か、数軒先のユウの家から、サツキが出てきた瞬間が同時だった。 明らかに今目が合ったのだが、サツキ姉ちゃんは気付かないフリ。 スタスタとアカデミーに向かって歩いていってしまった。 「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「え? どうしたの?」 慌ててアロエちゃんの家の中に逃げ込んだ。 同級生よりも早く家を出て、同級生より見られちゃマズい存在を忘れてた。 「姉ちゃんに見られた…。」 「えーーーっ!?」 話どおりなら、僕はラスク君の家から出てくるはずだった。 ラスク君の家はこの通り沿いにはないから、サツキと出くわす可能性はありえない。 「どうしよう…。」 「そんなに困ることなの?」 「困ることだよ!」 「私の家に泊まったことが? それとも嘘を言ったことが?」 「両方だよ…。」 男女交際についてとやかく言う姉ではないが、 自分の弟が同じ学校の女子生徒の家に無断外泊したとなれば、黙っているはずがない。 おまけに姉ちゃんは、嘘と曲がったことが大嫌いと来ている。 僕は軽く頭の中が真っ暗になりながら、気を取り直してアロエちゃんの玄関を出た。 サツキの姿はない。もうかなり先を歩いているはずだ。 「おいーす!」 「わっ!」 今度は真後ろからルキアさんとシャロンさんが現れた。 うだうだやってる間に、みんなが登校する時間になってしまったのだ。 これは、もう、申し開きの余地がない。 「おはよー。」 「あら、おはよう。」 アロエちゃんはこの状況にも、まったくうろたえる様子がない。 むしろ2人の関係が公になって喜んでいるようにさえ思える。 「あ、あはは…。」 「どうしてユウ君がアロエちゃんの家から出てきたの?」 「それはー、そのー…。」 「私の部屋に幽霊が出るから、ユウ君に側にいてもらったの!」 「ちょ。」 「変な事されませんでした?」 「されたよー、ユウ君が。」 (…いちおう合ってる。) 「何をされたの?」 「私のアカデミー制服着せられて、写真撮られた。」 「えぇーっ!?」 「勘弁してくれ! それに、写真は撮ってないだろ!」 「てことは、制服は着たのね…。」 「やるわねユウ君…。」 「アッー!」 もう、笑うしかない。 この日は授業が始まるまで気が重たくて仕方なかった。 ルキアさんとシャロンさんはこっち見てなんか笑ってるし、 アロエちゃんはいつもよりべたべたくっついてくるし、 ラスク君はラスク君でこっち見てなんかそわそわした顔してるし、 もう、穴を掘って、埋まりたい。 それらの出来事を軽く忘れたお昼時。 カバンの中にサツキの弁当箱はない。 今日は学食に行って、適当なパンでも買うか。 そう思って、教室の扉を開けた矢先。 ガラッ。 「あ、いたいた。」 サツキ姉ちゃんだ。 いつもと変わらない優しい顔。 しかしこの人が、今朝の出来事を忘れているだろうか…? 「何の用?」 「お弁当を届けに来たのよ。」 そういって、サツキは僕の目の前に弁当箱を差し出した。 いつも使っている、水色ストライプの風呂敷だ。 「それと、ご飯を食べてからでいいんだけど。」 「う、うん…。」 「あとで職員室に来なさい。」 「…はい。」 予想通りの言葉が、予想通りのタイミングで言い放たれた。 |
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