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3-5.発端 << >>

「えーっ!?」

さきほどの寝言の話をしたら、アロエちゃんは瞳を大きく見開いて驚いた。

「たしかに言ったよ、ここで!」

「私、そんな夢見てないよ!」

「覚えてないだけだよ。」

「なんで覚えてないんだろ、勿体無いなぁ…。」

「勿体無い?」

「だってワタアメ食べれたんでしょ?」

「………。」

素でこんな台詞が出てくるのだから、よっぽど好きなのだろう。
僕はここに越してくる前、地元でお祭りがなかったので、
ワタアメはほんとうに小さなころに一度食べたきりだったのだが。
言われてみれば、お祭りのときにしか食べられない味というのは希少価値がある。

時刻はまだ七時、まだ余裕がある。
僕はアロエちゃんと一緒にリビングに下りて、パンだけの朝食を取った。

「ユウ君ミルクは?」

「朝からミルクなの?」

「むしろ朝だからミルクだよ?」

食卓にミルクが2つ並ぶ。
サツキ姉ちゃんはコーヒー派だからすごく斬新に思えた。
カットしただけのフランスパンに、申し訳程度のハムが並ぶ。
これは、女の子ひとりの自炊と思うなら仕方ない。

食べながら、アカデミー制服に着替える。
換えた下着は…このままカバンに入れて持ち帰るか。

リビングの窓からまぶしい朝日が差し込む。
朝らしい朝。両サイドを建物に挟まれたユウの家とちがう。

「一緒に学校行くよね?」

「ドア開く瞬間を誰かに見られたら恥ずかしいんだけど。」

「早めに出れば分からないよ。」

「それもそうかな。」

ささっとパンを食べて使った食器を片付ける。
戸締りよし、僕らはカバンを抱えてアロエちゃんの家を出た。

「あっ…。」

あろう事か、数軒先のユウの家から、サツキが出てきた瞬間が同時だった。
明らかに今目が合ったのだが、サツキ姉ちゃんは気付かないフリ。
スタスタとアカデミーに向かって歩いていってしまった。

「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「え? どうしたの?」

慌ててアロエちゃんの家の中に逃げ込んだ。
同級生よりも早く家を出て、同級生より見られちゃマズい存在を忘れてた。

「姉ちゃんに見られた…。」

「えーーーっ!?」

話どおりなら、僕はラスク君の家から出てくるはずだった。
ラスク君の家はこの通り沿いにはないから、サツキと出くわす可能性はありえない。

「どうしよう…。」

「そんなに困ることなの?」

「困ることだよ!」

「私の家に泊まったことが? それとも嘘を言ったことが?」

「両方だよ…。」

男女交際についてとやかく言う姉ではないが、
自分の弟が同じ学校の女子生徒の家に無断外泊したとなれば、黙っているはずがない。
おまけに姉ちゃんは、嘘と曲がったことが大嫌いと来ている。

僕は軽く頭の中が真っ暗になりながら、気を取り直してアロエちゃんの玄関を出た。
サツキの姿はない。もうかなり先を歩いているはずだ。

「おいーす!」

「わっ!」

今度は真後ろからルキアさんとシャロンさんが現れた。
うだうだやってる間に、みんなが登校する時間になってしまったのだ。
これは、もう、申し開きの余地がない。

「おはよー。」

「あら、おはよう。」

アロエちゃんはこの状況にも、まったくうろたえる様子がない。
むしろ2人の関係が公になって喜んでいるようにさえ思える。

「あ、あはは…。」

「どうしてユウ君がアロエちゃんの家から出てきたの?」

「それはー、そのー…。」

「私の部屋に幽霊が出るから、ユウ君に側にいてもらったの!」

「ちょ。」

「変な事されませんでした?」

「されたよー、ユウ君が。」

(…いちおう合ってる。)

「何をされたの?」

「私のアカデミー制服着せられて、写真撮られた。」

「えぇーっ!?」

「勘弁してくれ! それに、写真は撮ってないだろ!」

「てことは、制服は着たのね…。」

「やるわねユウ君…。」

「アッー!」

もう、笑うしかない。
この日は授業が始まるまで気が重たくて仕方なかった。

ルキアさんとシャロンさんはこっち見てなんか笑ってるし、
アロエちゃんはいつもよりべたべたくっついてくるし、
ラスク君はラスク君でこっち見てなんかそわそわした顔してるし、

もう、穴を掘って、埋まりたい。

それらの出来事を軽く忘れたお昼時。
カバンの中にサツキの弁当箱はない。
今日は学食に行って、適当なパンでも買うか。

そう思って、教室の扉を開けた矢先。

ガラッ。

「あ、いたいた。」

サツキ姉ちゃんだ。
いつもと変わらない優しい顔。
しかしこの人が、今朝の出来事を忘れているだろうか…?

「何の用?」

「お弁当を届けに来たのよ。」

そういって、サツキは僕の目の前に弁当箱を差し出した。
いつも使っている、水色ストライプの風呂敷だ。

「それと、ご飯を食べてからでいいんだけど。」

「う、うん…。」

「あとで職員室に来なさい。」

「…はい。」

予想通りの言葉が、予想通りのタイミングで言い放たれた。


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