「お帰り。」 「ただいま。」 教室に帰ると、食事を終えたアロエちゃんが本を読みながら待っていた。 その顔を見た瞬間、先ほど姉ちゃんに言われたセリフが頭の中でループした。 (アロエちゃんは、そうは思ってないかもしれないのよ。) 目と目が合った瞬間、思わす視線を逸らしてしまった。 魔法演習の時から思えばずっと一緒だったが、 核心に迫った言葉はなにひとつ交わしていなかった。 アロエちゃんは、本当は僕の事をどう思っているのだろう? ひょっとしたら、からかわれてる? 便利な人だと思われてる? 僕だって、女の子に興味がないわけじゃない。 昨日の夜だって、十分ドキドキした。 でも、それについて、彼女と本気で語り合うのは正直怖い。 「どうしたの? ユウ君。」 「なんでも…。」 「さっきから考え事してるよ?」 「なんでもないよ。」 「私でよければ相談に乗るよ。」 「大丈夫だって…。」 急に、意識してしまう。 彼女が女で、僕が男だという事実に。 昨日までは、特に意識せずに遊べていたはずなんだけど。 「そうだ。」 「うん?」 「ユウ君、今日は何を食べたい?」 ブッ。 お茶を噴出しそうになった。 「きょ、きょうは…。」 「オムライス?」 「やめてよ、夢に出るよ。」 「なんで?」 さも僕がこの後またアロエちゃんの家に行くかのような言動。 しかし、僕には誘いを断る理由もなく…。 「じゃあ、今晩もお邪魔しちゃおうかな。」 「やったぁ。」 結局、彼女の家にお邪魔してしまった。 両親は、明日の朝まで帰ってこない。 「たぶん早朝くらいにお父さんとお母さんが帰ってくると思うから、 今日は寝るの別々だね。」 「う、うん。」 「さみしい?」 「別に…。」 「そう。でも、私はさみしいな。」 アロエちゃんは鞄を下ろして、制服姿のままオムライスを作り始めた。 ちょうど冷蔵庫の中に材料があったのだろう。 2人きりの夕食。 僕は今日も、姉ちゃんに晩ご飯キャンセルの電話を入れる。 さすがに今日は、アロエちゃんの家に行くと伝えた。 「今日はラスク君の家じゃないんだ。」 「バレたからね。」 「お姉ちゃん、なにか言ってた?」 「ううん…何も。」 責任の取れる男になれと言われたなんて言えない。 「お風呂、入る?」 「今日は家に帰ってから入るよ。」 「えー。」 「家風呂のほうが安心して入れるから。」 不自然ないいわけだが、いまの僕にはあの刺激は強すぎる。 お互いに胸を張って好きだと言えるような関係なら、なんの迷いもなく入るのだけど。 「じゃあ、私の部屋で遊ぼうよ。」 「着せ替えごっこ以外で頼むね。」 「昨日の夜から、ユウ君に似合いそうな衣装を考えてたのー。」 「…人の話、聞いてる?」 食べ終わったオムライスの食器を片して、2階に上がる。 もうこの階段を上がるのに慣れてしまった。 「今見ているTVがこれなんだ。」 テレビガイドを片手に、スイッチを入れる。 やはり始まったのは見たことのないテレビドラマ。 いつも僕がこの時間見ているのは、姉の趣味でつけているお笑い番組がほとんどだ。 アロエちゃんは、制服姿のままベッドの上に寝転がる。 寝転がったままテレビの音量をいじる姿が愛らしい。 「今日、ユウ君職員室に行かなかった?」 「え、なんで?」 「だってトイレと反対方向に歩いていったもん。」 「それだけで、なんで分かるのさ…。」 「校舎の西側にあるのは、上級生の教室と音楽室と職員室だけだよ。」 「消去法で行くと、それは職員室しかないね…。」 よく見られているなと実感した。 僕はアロエちゃんの行動をそこまで凝視したことはない。 「お姉ちゃんにしぼられた?」 「しぼられてないよ、別に。」 「じゃあなんか言われた?」 「僕が、アロエちゃんの友達になってくれてよかったって。」 「友達かぁ…。」 ボーイフレンドという言い回しは避けた。 「あと、なんかこれを貰った。」 「なにこれ。」 5限目の授業の時はすっかり忘れていたが、ギンガムチェックの紙袋。 たいして大きくもない事もあって、内ポケットに入れっぱなしのままだった。 紙袋を閉じてあるセロテープは薬局のもの。 ビリッとセロテープを剥がし、中身を取り出すとそれは…。 「ちょ…これは…。」 「オカモト印のコ○ドーム、お徳用、12個入り…。」 「声に出して読まないの!!」 「お姉ちゃん…なんて気が利く人なの…。」 「利かせすぎだよ!」 「アハハハハハ。」 「しかも学校の職員室で渡すようなもんじゃないでしょー!」 「アッハハハハハハハハハハハ!」 アロエちゃんは涙を出しながら笑い転げた。 無理もない、仮にも教師を務める人間が、職員室で弟に渡したものがこれなのだから。 「で、どうするの? これ。」 「どうするって…。」 「使う?」 「ちょ、まっ、心の準備が。」 「私、何事も練習が大切だと思うの。」 「練習で済まされる問題じゃないでしょ。」 「指にくっつけるだけだよ。」 「ああ、指かぁ…。」 「なにズボン下ろそうとしてるの?」 「下ろそうとしてないから。」 「カチャカチャ、ジー。」 「はいはい擬音を口で喋らないの。」 アロエちゃんは、嬉々としながらパッケージを破り、僕の人差し指にアレをあてがった。 「どっちが表だろ?」 「こっちじゃないかな。」 するするとゴムの皮膜が降りてゆく。 「すごい! 一発だよ! ユウ君!」 「で、どうするのさ、これ。」 「膨らましてパンって。」 「子供か!」 結局、12個中最初の1個はアロエちゃんのオモチャにされてしまい…。 パンパンに空気を入れられた挙句、ベッドの上を転がる結果となった。 「残りは私が預かっておくね。」 「え? あ、うん。」 アロエちゃんは取扱説明書を畳んで箱の中に入れ、 ギンガムチェックの紙袋に戻してタンスの中に入れた。 この、彼女が預かるという行為も思えばツッコミ所だったのだが、 その時はそこまで考えが巡らなかった。 なんだかんだで午後8時。 晩ごはんもご馳走になったし、そろそろ帰らないと。 僕はアロエちゃんに見送られ、自分の家に帰った。 なんとなく、やつれた顔で帰宅。 ハイテンションなアロエちゃんの相手をしたのだから仕方ない。 家に帰るとサツキがリビングでお笑いトーク番組を観ていた。 「お姉ちゃん…。」 「あら、今日は早いのね、お帰り。」 「僕になんてモノを持たせるんだよ!」 「あら、0.02ミリの方が良かったかしら?」 「そういう意味じゃない。」 「分厚いのはだめよ、痛いから。」 「お姉ちゃん…。」 「で、使ったの?」 「使ってない!」 「まさか生で!?」 「ちがう!!!」 家に帰ったら今度は姉がテンション高かった。 僕がどういう顔をして帰ってくるか楽しみだったに違いない。 「冗談じゃなく、必要なものよ。 最近はけっこう多いじゃない、12歳かそのくらいで出産とか。」 「いるみたいだね。」 「勢いで産むのはいいけれど、その後の人生真っ暗だわ。」 「それは、分かるけど…。」 「いつか必要になる時のために取っておきなさい。」 「はい…。」 全部アロエちゃんに没収されたけど。 本当の意味で使う日は、来るのだろうか。 っていうか、アロエちゃんが預かるという事は、 僕がアロエちゃん以外の人と使うことは許されないという事だ。 もっと突っ込んだ言い方をすると、今度私と使いましょう、という事になる。 この日はなんかどっと疲れが出た。 色々なものが先に進んでしまい、しかもそれらが公になってしまい…。 平穏に普通のお友達関係を続けることは不可能なのだろうか。 考えるのもイヤになったので、さっさとお風呂に入って寝ることにした。 |
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