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4-2.小箱の中身 << >>

「お帰り。」

「ただいま。」

教室に帰ると、食事を終えたアロエちゃんが本を読みながら待っていた。
その顔を見た瞬間、先ほど姉ちゃんに言われたセリフが頭の中でループした。

(アロエちゃんは、そうは思ってないかもしれないのよ。)

目と目が合った瞬間、思わす視線を逸らしてしまった。
魔法演習の時から思えばずっと一緒だったが、
核心に迫った言葉はなにひとつ交わしていなかった。
アロエちゃんは、本当は僕の事をどう思っているのだろう?

ひょっとしたら、からかわれてる?

便利な人だと思われてる?

僕だって、女の子に興味がないわけじゃない。
昨日の夜だって、十分ドキドキした。
でも、それについて、彼女と本気で語り合うのは正直怖い。

「どうしたの? ユウ君。」

「なんでも…。」

「さっきから考え事してるよ?」

「なんでもないよ。」

「私でよければ相談に乗るよ。」

「大丈夫だって…。」

急に、意識してしまう。
彼女が女で、僕が男だという事実に。
昨日までは、特に意識せずに遊べていたはずなんだけど。

「そうだ。」

「うん?」

「ユウ君、今日は何を食べたい?」

ブッ。

お茶を噴出しそうになった。

「きょ、きょうは…。」

「オムライス?」

「やめてよ、夢に出るよ。」

「なんで?」

さも僕がこの後またアロエちゃんの家に行くかのような言動。
しかし、僕には誘いを断る理由もなく…。

「じゃあ、今晩もお邪魔しちゃおうかな。」

「やったぁ。」

結局、彼女の家にお邪魔してしまった。
両親は、明日の朝まで帰ってこない。

「たぶん早朝くらいにお父さんとお母さんが帰ってくると思うから、
 今日は寝るの別々だね。」

「う、うん。」

「さみしい?」

「別に…。」

「そう。でも、私はさみしいな。」

アロエちゃんは鞄を下ろして、制服姿のままオムライスを作り始めた。
ちょうど冷蔵庫の中に材料があったのだろう。

2人きりの夕食。
僕は今日も、姉ちゃんに晩ご飯キャンセルの電話を入れる。
さすがに今日は、アロエちゃんの家に行くと伝えた。

「今日はラスク君の家じゃないんだ。」

「バレたからね。」

「お姉ちゃん、なにか言ってた?」

「ううん…何も。」

責任の取れる男になれと言われたなんて言えない。

「お風呂、入る?」

「今日は家に帰ってから入るよ。」

「えー。」

「家風呂のほうが安心して入れるから。」

不自然ないいわけだが、いまの僕にはあの刺激は強すぎる。
お互いに胸を張って好きだと言えるような関係なら、なんの迷いもなく入るのだけど。

「じゃあ、私の部屋で遊ぼうよ。」

「着せ替えごっこ以外で頼むね。」

「昨日の夜から、ユウ君に似合いそうな衣装を考えてたのー。」

「…人の話、聞いてる?」

食べ終わったオムライスの食器を片して、2階に上がる。
もうこの階段を上がるのに慣れてしまった。

「今見ているTVがこれなんだ。」

テレビガイドを片手に、スイッチを入れる。
やはり始まったのは見たことのないテレビドラマ。
いつも僕がこの時間見ているのは、姉の趣味でつけているお笑い番組がほとんどだ。

アロエちゃんは、制服姿のままベッドの上に寝転がる。
寝転がったままテレビの音量をいじる姿が愛らしい。

「今日、ユウ君職員室に行かなかった?」

「え、なんで?」

「だってトイレと反対方向に歩いていったもん。」

「それだけで、なんで分かるのさ…。」

「校舎の西側にあるのは、上級生の教室と音楽室と職員室だけだよ。」

「消去法で行くと、それは職員室しかないね…。」

よく見られているなと実感した。
僕はアロエちゃんの行動をそこまで凝視したことはない。

「お姉ちゃんにしぼられた?」

「しぼられてないよ、別に。」

「じゃあなんか言われた?」

「僕が、アロエちゃんの友達になってくれてよかったって。」

「友達かぁ…。」

ボーイフレンドという言い回しは避けた。

「あと、なんかこれを貰った。」

「なにこれ。」

5限目の授業の時はすっかり忘れていたが、ギンガムチェックの紙袋。
たいして大きくもない事もあって、内ポケットに入れっぱなしのままだった。

紙袋を閉じてあるセロテープは薬局のもの。
ビリッとセロテープを剥がし、中身を取り出すとそれは…。

「ちょ…これは…。」

「オカモト印のコ○ドーム、お徳用、12個入り…。」

「声に出して読まないの!!」

「お姉ちゃん…なんて気が利く人なの…。」

「利かせすぎだよ!」

「アハハハハハ。」

「しかも学校の職員室で渡すようなもんじゃないでしょー!」

「アッハハハハハハハハハハハ!」

アロエちゃんは涙を出しながら笑い転げた。
無理もない、仮にも教師を務める人間が、職員室で弟に渡したものがこれなのだから。

「で、どうするの? これ。」

「どうするって…。」

「使う?」

「ちょ、まっ、心の準備が。」

「私、何事も練習が大切だと思うの。」

「練習で済まされる問題じゃないでしょ。」

「指にくっつけるだけだよ。」

「ああ、指かぁ…。」

「なにズボン下ろそうとしてるの?」

「下ろそうとしてないから。」

「カチャカチャ、ジー。」

「はいはい擬音を口で喋らないの。」

アロエちゃんは、嬉々としながらパッケージを破り、僕の人差し指にアレをあてがった。

「どっちが表だろ?」

「こっちじゃないかな。」

するするとゴムの皮膜が降りてゆく。

「すごい! 一発だよ! ユウ君!」

「で、どうするのさ、これ。」

「膨らましてパンって。」

「子供か!」

結局、12個中最初の1個はアロエちゃんのオモチャにされてしまい…。
パンパンに空気を入れられた挙句、ベッドの上を転がる結果となった。

「残りは私が預かっておくね。」

「え? あ、うん。」

アロエちゃんは取扱説明書を畳んで箱の中に入れ、
ギンガムチェックの紙袋に戻してタンスの中に入れた。

この、彼女が預かるという行為も思えばツッコミ所だったのだが、
その時はそこまで考えが巡らなかった。

なんだかんだで午後8時。
晩ごはんもご馳走になったし、そろそろ帰らないと。
僕はアロエちゃんに見送られ、自分の家に帰った。

なんとなく、やつれた顔で帰宅。
ハイテンションなアロエちゃんの相手をしたのだから仕方ない。

家に帰るとサツキがリビングでお笑いトーク番組を観ていた。

「お姉ちゃん…。」

「あら、今日は早いのね、お帰り。」

「僕になんてモノを持たせるんだよ!」

「あら、0.02ミリの方が良かったかしら?」

「そういう意味じゃない。」

「分厚いのはだめよ、痛いから。」

「お姉ちゃん…。」

「で、使ったの?」

「使ってない!」

「まさか生で!?」

「ちがう!!!」

家に帰ったら今度は姉がテンション高かった。
僕がどういう顔をして帰ってくるか楽しみだったに違いない。

「冗談じゃなく、必要なものよ。
 最近はけっこう多いじゃない、12歳かそのくらいで出産とか。」

「いるみたいだね。」

「勢いで産むのはいいけれど、その後の人生真っ暗だわ。」

「それは、分かるけど…。」

「いつか必要になる時のために取っておきなさい。」

「はい…。」

全部アロエちゃんに没収されたけど。

本当の意味で使う日は、来るのだろうか。
っていうか、アロエちゃんが預かるという事は、
僕がアロエちゃん以外の人と使うことは許されないという事だ。
もっと突っ込んだ言い方をすると、今度私と使いましょう、という事になる。

この日はなんかどっと疲れが出た。
色々なものが先に進んでしまい、しかもそれらが公になってしまい…。
平穏に普通のお友達関係を続けることは不可能なのだろうか。

考えるのもイヤになったので、さっさとお風呂に入って寝ることにした。


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