土曜日当日。 僕は放課後、予定通りラスク君と校舎に残り、 レース用の機体の最終チェックを行うことにした。 2人の魔法力を原動力として空を飛ぶこの飛行機は、 かつての戦争で活躍した自国の戦闘機がモデルになっている。 ラスク邸での試験飛行は成功、不良箇所はどこにもなかった。 しかしこの時点で、僕には少し不安があった。 金曜日の夜も結局搬入だけでけっこうな時間を食ってしまい、 機体の性能の再確認するだけの余裕がなかった。 レオンさんやタイガさんのチームは製作に僕らのアイデアが入っている。 そして気をつけねばならないのが年齢的にも高い魔力を保有するサンダースさんのチーム。 彼らとレースを行って、僕達の機体が1位を取れるかどうか正直不安なところだ。 レースの順位は魔法石の獲得個数に繋がっている。 ぶざまな順位に終われば、それだけ魔法使いとしての昇格が遅くなるということだ。 「とりあえず、起動してみよう。」 「うん。」 ちなみに魔法力は、僕の魔力が浮遊のためのプロペラをまわし、 ラスク君の魔力が推進力を得るためのプロペラをまわす。 2人で1台の飛行機を動かす仕組みになっている。 ヘリコプターのように助走なしで離陸することができ、 滑走路がなくとも着陸することができる。ただし…。 2人分の魔力を前進するエネルギーだけに使うことができない。 安全性を考慮してスピードを殺す結果になった。 摩擦抵抗がない分飛行機が有利かと思いきや、 レオンさん達の自動車タイプの乗り物のほうが、エネルギーを効率よく使うことができ、 結果、タイムにおいても僕達の機体が劣ってしまった。 「38秒19。」 「遅い、ね…。」 「グラウンドを一周するたびに、タイムにして約5秒遅れる計算だ。」 「サンダースさんのチームのレコード分かる?」 「あの人も自宅作成だから、未知数なんだよね…。」 「このままじゃ負けるね…。」 「どうする?」 「今日を入れてあと2日しかないよ…。」 「アンプを使って魔力を増幅するか。」 「アンプ? ロマノフ先生の授業でやったあれを使うの?」 「今から機体の中身をいじる時間ないだろ。」 「たしかに…。」 魔力増幅装置。 人体から発せられる魔力を機械的に増幅し、 通常の数倍の威力が得られるようになる装置だ。 「理科室からこっそり拝借しよう。」 「マジで…。」 「使った後元に戻せば大丈夫。」 「チャレンジャーだね。」 放課後の校舎は無人に近い。 教師陣もだいたい寮に戻ってしまうし、 用務員などの人も、この広い校舎すべてをチェックする事はできない。 校舎の裏手から理科室の鍵を強引に開け、中に侵入する。 ホコリくさい標本だらけの部屋。 ふだんなら絶対入りたくないのだけど。 ガサゴソと魔法道具の積まれている所をほじくる。 こないだの授業で使ったばかりだから、あまり奥には行ってないはずだ。 だが出てきたのは、中身のない空箱だけだった。 「無いぞ!?」 「まさか、誰かが同じことを…。」 「しまった、先を越された…。」 「空箱だけ転がってるよ。」 明らかに、外部から進入した者が中身を持ち去った後だった。 それが誰なのかは分からないが、レースのライバルがやったとしたら、 もはや僕達の勝つ手段は無い。 「もう一台無いか?」 「まさか、あれだって希少品を他校から取り寄せたって言ってたし。」 「探してみよう。」 「あんまり散らかすと後が怖いよ…。」 ラスク君は堂々と倉庫内をほじくり、同一のものがあるかどうか調べた。 しかし、それらしい物はまるで見当たらない…。 「これは?」 「旧型かな? たぶん魔法力のアンプだろう。」 倉庫の一番隅に、バラバラの状態で置かれていたアンプがあった。 年代的に、50年以上前の型だろう。計器の目盛などに使われている文字が古く、 僕達の知らない文字が随所に使われていた。 「動くのか、これ…。」 「やめとこう、危ないよ。」 「使えるかどうかだけ試そうぜ。」 「おいおい…。」 構造だけは把握しているので、部品と部品を繋いで完成させる。 欠けている部品はなさそうだ。しっかりと一台の機械が完成した。 「これで魔力を増幅して適当な魔法を唱えてみよう。」 「やるの? …僕は責任持たないよ?」 「ビリッケツになるのは勘弁だぜ。」 「そうだけど…。」 ラスク君は意識を集中し、氷塊を作る魔法を詠唱した。 青い光がラスク君の体を包み、瞬時に氷の塊が生成される。 「すごいよ! ラスク君!」 「これは、使えるな…。」 アンプは確かにラスク君の体から発せられる魔力を増幅し、 魔法によって生成された氷塊のサイズは通常よりもかなり大きかった。 温度はきわめて低く、接触している床のほうが凍りつきそうだ。 しかし…。 「なんか焦げ臭くないか?」 「あ…。」 アンプが煙を放っている。 ラスク君の体から発せられた魔力が無限に回路内をまわり、 出口をなくして膨れ上がっているのだ。 「やばくないか、これ。」 「真っ赤になってる。」 「スイッチは?」 「押しても止められないよ!」 「逃げよう。」 「えーっ!?」 バァァァァァン!!! 僕達が理科室から脱出した瞬間、アンプが破裂した。 やはり壊れていたらしい。所々に修繕した後があったし、 もう古すぎて使い物にならなかったのだ。 これを飛行機にセットしていたら、えらいことになっていた。 そして、理科室の倉庫もえらいことになっていた。 窓ガラスという窓ガラスが粉々になっており、 棚に積まれていた魔法用具がばっらばら。 ホルマリン漬けの標本の中身が飛び出し、床の上に撒き散らされていた。 「…………。」 「ぉぇぇぇぇぇぇぇ…。」 魔物の脳ミソ、臓物などが割れたビンから飛び出て異臭を放っている。 瓶詰めの状態を見るだけでもキツいのに、それらがぐちゃぐちゃになっており…。 「どうする。」 「…どうしよう。」 互いに言葉が出なかった。 弁償額がいくらになるのか想像もつかないし、 これらを元通りの状態に戻すことも不可能だ。 「何事じゃ!?」 爆発音を聞いて駆けつけたロマノフ先生が理科室のドアを開けた。 申し開き不可能。もう、仲良く怒られるしかない…。 「ぐわ…。」 「スミマセン…。」 「……。」 理科室の状態に唖然とするロマノフ先生だったが、 とりあえず、僕らが怪我をしていない事、 そして、危険物の棚が破壊されていない事を確認して胸を撫で下ろした。 「アンプは誰かがインチキをせぬようワシの部屋に持ち帰ったんじゃ。 じゃが、旧式のコイツが残っていたのは考えておらんかった。」 「ロマノフ先生でも知らなかったんですか?」 「いいや、これはワシが学生の頃に実習で使ったものじゃ。」 「ええーっ!?」 「とっくに壊れて破棄したものだと思っておったが、 先代の教師が骨董品的な価値を捨てきれずに取っておいたんじゃろう。」 「なるほど…。」 「とりあえず、おぬしらには罰則として、理科室の片付けを命じることにしよう。」 「ええーっ!?」 「当たり前じゃ! 理科室ごと滅茶苦茶にしよってからに!!」 「ひえーっ!」 結局、戦闘機を強化する作戦は失敗。 この日はホウキとチリトリを手渡され、理科室を大掃除するハメになった。 他の生徒たちもお祭りに向けて帰ってしまった様子。 校舎には、理科室を掃除する僕らだけが残された。 「気持ち悪ぃ…。」 「とりあえず、ガラスの破片から片付けよう。」 「お前、アロエちゃんとお祭り行く予定なんだろ?」 「でも、ラスク君だけ残すわけには行かないよ。」 陽が落ちた。 時刻は6時をまわろうとしている。 アロエちゃんは、今頃石段の下で僕を待っているだろう。 「行ってやれよ…。」 「やだよ。」 「お前、今日すっぽかしたら、もう二度とあの子との仲を修復できなくなるぞ。」 「でも……。」 壊れた機械を無理に使ったのはラスク君の判断。 けれど、僕は同じチームの人間として、彼を止められなかった責任がある。 何より、男同士の友情を優先したいという気持ちが、この時はあった。 「2時間はかかるぞ。」 「いいよ、全部やって、それから行く。」 「それまで彼女、待ってくれないだろう?」 「そうしたら…それまでだよ。」 「お前…。」 「なんだよ。」 「いいのかよ。」 「いいよ。」 黙って作業に没頭した。 アロエちゃん…仲良くもしたし、しつこくせまられたりもした。 けれど、もう、フラれてもいい。 いっそ、彼女との関係を断ち切れば、悩みを持たずに済む。 そう思った。 粉々に砕けたガラスを丁寧に取り除き、水分を拭く。 魔物の標本は一斗缶に詰めて廃棄処分。 倒れた棚を起こして、積もりに積もったホコリを大掃除。 ロマノフ先生は途中で夜祭の会場で生徒がバカをやらぬよう、 町会の人間と共に監視をする用事があったので理科室を去った。 時刻は7時、約束の時間を1時間も過ぎている。 |
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